2007年8月10日 (金)

四国日記(今月の婆)

恒例の四国。愛媛県でひとり暮らす祖母の様子を母と見に行く旅路。
途中休憩に寄った高速道路のサービスエリアにはお子さんがいっぱい。そういえば夏休みだったのだった。妻のまわりには残念ながら夏休みがある立場のひとが居ないので、どうしてもその存在を忘れがち。

夕方、祖母の家の近くの踏切でまさかの電車通過。踏切がしまっているなんて、免許を取って祖母の家に通うようになって以来始めて。そんな。線路一本しかないのに。まじゅさんから教わった「住所パワー」で前代未聞の109ポイントを叩き出した祖母の家の近所なのに。嬉しくなって車内からカメラを構えて待つ。電車は通勤ラッシュの時間なので2両もあった。普段は1両で身軽なかんじ。


祖母は元気だった。相変わらず古くてぼろい祖母の家は「家の中」といえども「果てしなく野外っぽい中」なのでこの時期むしむし大行進。虫がおっかない妻は夏にこの家に来るのが少し辛い。しかも苦手なひとに限ってよせばいいのに注意深く部屋の中を見回すもんだから真っ先に見つけたりするのだ。案の定台所のふたの開いた「はちみつ」のびんの中に無数の「あり」がぶくぶくと沈んでいる「どこかの民族のお祝いの席でのむ酒」みたいな物体は妻が見つけて卒倒。
勇敢な母が「はちみつ」を取りあえず外に出すべく勝手口を開けようとするも、がちゃーんと閉。中の鍵は外したのになぜ開かない。ばあちゃん。勝手口開かないよ。と言うと祖母は「外からも鍵をつけてみたんじゃ」と言った。何故つけてみるんだ。その意味はなんだ。

仕方ないので妻は「遠い目をして部屋のどこにも焦点を合わせない」というばかみたいな方法でもってこの数日間を乗り切ることにした。

翌日「明浜」までドライブ。
延々続くみかん畑の中をくねくねと進んで塩風呂につかり、お昼は魚のすり身をだしと白味噌で溶いた郷土料理「さつま定食」を食べる。お刺身が大きくて新鮮でとてもおいしい。


真珠を養殖している海を見ながら細い山道を登っていくと眼前開けて見事なリアス式海岸。なんて素敵。車を停めて記念撮影。祖母も「まっこときれいじゃのう」と満足げ。しかしドライブ好きの祖母は目的地がどこであれ、なんなら車に乗り込んだ瞬間からもう「まっことええ所連れて行ってもろたのう」とか言って満足するので油断ならない。


夜は庭で持参した花火などをして楽しむ。
祖母の猫は、一度外から帰ってきて妻を見るや否や「おっ」という顔をしてまた出て行き、とうとう妻が帰るまで戻ってこなかった。愛しているのに。とんだ嫌われぶりだ。

翌日はもう帰る。その前にまたドライブ。海の近くの祖母のお気に入りのお寺さんに行って鐘をどーんとつく。日の影が一番濃くなるお昼前。暑い。そこで祖母と母と妻は海に行くことにしたのだった。


浜辺で海水に足でもつけたら涼しかろうと思っていただけなのに祖母ときたら「水着がないぜ」と言う。そういえば祖母は数年前町内会のなんとかの旅行でハワイに行き、海の青さに感動。水着もないのに服を脱ぎ、老人特有の薄桃色の長袖下着の上下になって波打ち際で遊んでいるところを陽気な外国人のおじさんに見つかって頭を撫でくり回されて一緒に記念写真を撮るという非常におかしなことをしているので妻は肝が冷える。写真の中の外国のひとと祖母はすごい笑顔。外国のひとアロハシャツ。祖母肌着。見渡す限り海。
もちろん四国の海でそんなことはしないので祖母はおとなしく靴を脱ぎ、波で足を洗われて「ヤッホイ!」と言って楽しんだにとどめて四国おわり。

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2007年7月 1日 (日)

四国旅日記(月刊婆)

毎月恒例。四国にひとり住む祖母の様子を見に母と。
今回は手続き的な用事が多いので母は「ひとりで行ってくるよ」と言っていたのだけれど、祖母の熱烈なラブコールにより妻も参戦。祖母は「妻」よりも「車に乗った妻」が好きなのだ。どこへでも行くからだ。

今月も祖母は絶好調。
お隣の家にお土産を持ってあいさつに行くと、お隣の奥さんが「ヨシ子さん(祖母の名前)昨日庭の枇杷の木に登っておったぜ」と教えてくれたのでびっくり仰天。木登りをする85歳のヨシ子さん。やめて。ばあちゃん落っこちたらどうするの。
しかし祖母は一向に悪びれない様子で「枇杷の木は強くて折れんのぜ」と今はどうでも良い知識を披露。それにしたって枇杷の実をとるなら脚立を使うとか。孫である妻が帰ってくるのを待つとか。あるじゃない。そう言うと祖母は両手を挙げて「そんなせせかましい(面倒くさい)」と妻の提案を一蹴。

お医者にも行く。
老人だらけの町のお医者の待合室でじぶんのことは棚に上げ「なんぜ。年寄りばっかじゃのう」と鼻白んだ挙句、診察室に入るなり先生に「ちょっと用事があるけん、あと5年生きんといけんのでお薬ください」と言った。そんなこと言われたってお医者だって困る。
帰る道すがら、いったいどんな用事があるのかと聞いてみると5年後に毎月掛けている保険のなんとかが満期になるのだそうだった。満期…。そう…。あんまり素敵っぽい用事でもないけれど、人生にはりがあるのは良いことだと思う。

台所には「シヲ」と書かれた調味料入れ。シヲ。入っているものはなんとなく砂糖に見えなくもなかった。


ばあちゃんドライブに行こう。
「…ドライブって何処にあるんじゃ?」と言う祖母を問答無用で助手席に乗せてドライブ。涼しげな渓谷まで行ってみるもやっぱり暑い。炎天下の中、「わあー」という声に振り返ったら小さな公園の脇にある水のみ場の蛇口を盛大に捻った祖母が上向きにピューと勢いよく出た身の丈3倍ほどの水を手で押さえて慌てていた。祖母は相変わらずだった。

ひとしきり遊んだあと、妻と母はもう帰る。全力で遊ぶと祖母もあまり心残りはないらしく、「また来てな」と笑顔で送り出してくれた。「わしはこわいけん、もう寝る」とも言っていた。なにが怖いんだろうかと思って母に聞いたら「こわい」は「疲れた」という意味なのだそうだった。方言をまたひとつ覚えて四国おわり。


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2007年5月24日 (木)

四国旅日記(おばあさんと妻)

恒例の、四国に住む祖母の様子を見に母と。
瀬戸大橋を渡って車でぶんぶんと5時間。近所の空き地に車を停め、荷物を抱えて歩きながらなんとなく祖母の家に目をやると、真っ暗な庭で祖母がボーと突っ立っていたのでびっくり仰天。訳を聞くと「昼寝して起きたら夜になっとったけん、途方に暮れておった」のだそうだった。相変わらずとんでもない途方の暮れ方をする祖母だ。

晩ごはんは祖母が我々のためにコンビニで買ってきてくれていた大量の「のり巻き」。
賑やかな食卓に祖母はすっかり楽しくなって「3ヶ月に1回ぐらいでいいからまた遊びに来てくれんかのう」と言った。ばあちゃん。妻は3月にも来ているよ。そして母なんかは先月も来ているよ。と驚くと祖母は大げさに首を振って両手を挙げ「うっそだあ」と言った。本当だあ。

チチヤス低糖ヨーグルトの朝。
祖母の家にはまたテレビが増えていた。ひとりで無意味に5台ものテレビを所有する老婆。そうよね。時代は地上デジタル放送だものね。祖母がわからないのを良いことになんでもかんでも売りつける町の電器店のおやじから買った、およそ良心的とは言えない価格の液晶テレビは見たことも聞いたこともないようなメーカー。おのれおやじ。

とても良いお天気なので押入れにある布団をせっせと出して天日干し。夕方にはふかふかになっていると良い。
それを見ていた祖母が小さなきんちゃくを持ってきて妻にじゃらじゃらと振って見せ「ユキちゃんお駄賃やるぜ」と言った。妻、満面の笑みで手を出す。

これはいったい何円か。
寛永通宝もあれば1000円玉まである。明らかに収集している。これ集めてるんじゃないのばあちゃん。そう言うと祖母はウフフと笑って「知らん」と言った。そうか。知らないか。
ありがたくいただく。

お礼に妻も財布の中にあった「湯上り風野口さん」を祖母にあげる。祖母は「ほほう。野口先生」と唸ってポケットにしまった。それから随分と経った次の日の夜あたりに突然「あ!」と叫び、「あれは千円札か!」と言ったのだった。遅すぎる。

祖母と妻の会話。

婆「ユキちゃん、店に行きたいんじゃが車出してもらえんじゃろか」
妻「いいよ。どこのお店ですか」
婆「あの、鉄道の向こうの、あの店」
妻「ああ。ローソン」
婆「そう。ローション」
妻「ちがうよ」
婆「ローション」
妻「ロー…」
婆「ション」

なぜだか祖母が店の名をがんとして譲らないので妻と祖母は連れ立ってローションに「油あげ」を買いに行った。
しかもここのローションはオレンジ色。

ドライブにも行く。
道の駅で果物やお弁当を買って近場のダムまで行き、木陰に腰掛けてむにむにと食べる。うぐいすが鳴いて、風は爽やかに、しまいに気の早い蝉まで鳴き出して五月晴れを満喫。祖母も上機嫌。

祖母の家に戻ると猫が待っていた。猫はマッサージチェアに横になった祖母のそばにぴったりと寄り添って一緒に眠る。いいな。妻もあんなのが欲しいな。と呟くとそれを聞いていた母が「タカマル君がいるじゃない」と言った。居るけども。夫はたんすの上にたーんとジャンプして前足で写真立てをひとつづつ落として遊んだり妻の足許をぐるぐる回ったりしないのだ。

翌日はもう帰る。
ばあちゃんまた来るよ。写真も送るからねと言うと祖母は喜び、「もう拝んでおくわい」と言って拝まれた。仏の気分になって四国終わり。


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2006年11月 8日 (水)

秋の行楽旅日記

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11月の3連休。夫が陽気な車仲間とともに群馬県にある車の工場見学をすると言う。妻は「楽しんでおいでませ」と笑顔で送り出そうとしたものの夫の「用事が済んだら妻の好きなところに行こうじゃないか」の一言に、うっかり日本地図片手に助手席に乗り込む旅のはじまり。
午後11時に仕事から帰ってきた夫。休む間もなく深夜0時出発。優秀なカーのナビゲーションシステムの案内によると、神戸から群馬までは休憩なしでぶっとばしておよそ8時間39分かかるとのことだった。遠すぎる。

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なにしろ集合時間の午前11時には群馬に到着しておかないといけないので、夫と妻は交替で車をぶんぶんと走らせる。運転していない間は眠らなければ明日の朝つらいのだけれど、残念ながらまだ全然疲れていないので眠れるわけもなく。なんにも見えない窓の外を眺めながら音楽を聴いてやりすごす。
iPodには、夫がこの日のために家中のCDをどんどん入れたおかげで2800曲も入っている。多すぎる。シャッフルをするとジャズがかかった後にピンクレディー。車中はたいへん無秩序。

休憩に寄ったサービスエリアで午前4時のカロリー摂取。
そこで見つけた「わさびソフトクリーム」。わさび…。逡巡したのち「迷ってるあなたにピッタリなこのソフト!」と書かれたわさびバニラを購入。戸惑いのミックス。食べた瞬間につんとして叫びのひとつでも上げて目でも覚めるかと思いきや、薄い緑色のそれは普通の甘いソフトクリームだった。目を閉じて食べるときっとなに味なのかもわからない。なんとなく肩透かしを食らってまた運転。

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そうこうしているうちに夜が明ける。
実は3年前にも夫と妻は群馬の車の工場に見学に行っていて、3年前の妻は見学を終えた後、集まった大勢の車仲間のみなさんと駐車場で自慢のカーのボンネットを開けてエンジンの話やカーのステレオの話などに花を咲かせる夫の後ろで微笑んで立っていた。しかし車のなんたるかもわかっていない妻は本当に立っていただけだったのでわりとつらかった。夫にも心置きなく楽しんでもらえるように今日は別行動。妻は群馬県で行きたいところがひとつあったのだった。少林山達磨寺。

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達磨寺の前で降ろしてもらい、少しだけ時間のある夫と達磨寺を散策。
群馬県の高崎市はだるまが有名らしく、だるま生産量日本一らしいのだった。妻はここで「だるまみくじ」を引いてみたかったのだった。でもまだ午前も8時で、寺務所なんか開いてない。ぼちぼちと階段をのぼってお堂へ。

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お堂のあるひらけた場所では今日から開催されるという「菊花展」の準備で何人かの職人さんがせっせと大きな菊を並べている。空気もすがすがしくやっぱり寺は朝。
正面にあるお堂の両端に、赤い物体。もしやこれは。


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駆け寄ってみるとだるまてんこもりだったので夫婦で大興奮。無造作に積まれているようで全員がこっちを見ているあたりが特に良い。いろんなひとびとの願い成就して、両目が入った幸せなだるまさん。寄り目だったりつぶらだったり目が点だったり実に個性的。

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絵馬もちゃんと丸いだるまの形をしていてとてもかわいい。
「達磨堂」には全国のさまざまなだるまが展示してあった。関西のだるまは、頭に「はちまき」なんかを巻いていたりしている。

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夫とはここでお別れ。夕方にまた迎えにきてもらう約束をして青い車をお見送り。
寺務所が開くまでの間、ぶらぶらと達磨寺を堪能。きれいに手入れされた庭に置かれたベンチに腰掛けて達磨寺ひとりぼっち。

引いた「だるまおみくじ」は「冬の枯れ木に春がきて花も咲いて黒雲晴れて月も照って輝く如く運が開けましょう。大吉」だった。待ち人は「たよりなし、でも来る」失くし物は、物の間から出てくるとのことだった。とても良い。

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満喫後、妻は達磨寺の傍にあるバス停から駅前に出るために「ぐるりんバス」に乗る。「ぐるりんバス」は右回りと左回りがあって、左回りに乗れば駅前まで20分で運んでくれるのに妻は間違えて右回りに乗ってしまい、1時間半もバスに揺られる羽目に。

ここから小さなだるまさんを旅の友とする。

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夫がこんなかんじのカーを見ている間、妻は高崎駅前をぐるぐると歩いて楽しんでからインターネットカフェに。人生初のひとりインターネットカフェ。夫が「仮眠が出来たりするんだよ」と教えてくれたのだ。
インターネットし放題まんが読み放題飲み物飲み放題。はじめは勝手がわからず仕切りのついた狭い空間の中でそわそわとしていたのだけれども存外居心地が良く、調子に乗ってくつろぎ放題。すでに高崎は高崎の意味をなくし、妻は備え付けのポットで紅茶などを淹れながら夕方まで優雅に過ごす。

すっかり日が暮れてから夫と合流し、ふたたび車で今度は西へ。

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3時間ほど車を走らせて長野県松本市。
本日はここでどこか宿を探して明日に備えようとするもなんと宿が無い。旅立つ直前まで予定が立たなかったので予約なんてしてるはずもない。連休に動いたことのない妻は完全に甘く見ていたのだった。少々うろたえて探しているうちにどんどん車は山奥に。
乗鞍岳に通じる狭い国道は明るいならば紅葉がそれはそれは見事だろうに夜中は暗くて誰もいなくてものすごく怖い。道路脇に立っている表示の気温2℃。2℃!夫とふたりで陽気に「ニド♪」「ニド♪」とコーヒー粉ミルクのCMソングを歌ってもやっぱりこわい。山の中にはなにもなく、もちろん宿もない。むしろここにぽつんと宿があったほうがこわい。運転交替のために路肩に車を停め、ふたりして外に出た途端に大きな枯葉が車の屋根の上にふいにパササーンと音を立てて落ち、宿無し夫婦は「ヒィー!」と絶叫。

妻の気の抜けた旅計画なら、明日の夜に到着するはずだった飛騨高山にとうとう着いてしまった。高山市内をくまなく探してもやはり宿はどこもいっぱいで、良い大人が道の駅の駐車場でまさかの車中泊。

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きっとろくに眠れないねとふたりしてぶつぶつ文句を言ったわりに、起きたら8時も半だった。ぐっすり寝すぎた。
二の舞を踏むまいと、朝一番に案内所に駆け込んで今夜の宿を予約。この際本日一日高山を満喫する覚悟。

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朝から観光地に居るのはまことに有利。人々で混み合わないうちに名所をそぞろ歩こうと究極の前向きさでもって駅でもらったガイドマップを広げて「古い街並み」と書かれた道を目指して角を曲がると、「古い街並み」にはちょっと考えられないぐらいの人がいた。完全に出遅れ。

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妻は数年前に一度母と訪れた事があるので夫をご案内。飛騨高山は観光地としてとてもきれいに整備されていて、お店なんかもたくさんある。狭い通りには人力車。街のにぎわいに夫もすっかり楽しくなって「良いね。『なつかしい街並み』!」と、いろいろと間違っていた。

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醤油蔵でおいしい醤油などを購入して一休みしたのち、「高山陣屋」へ行くことにする。
飛騨の国は徳川幕府の直轄で、昔はここで政治などを行ったりお代官さまが生活していたりしていたそうだった。全国に唯一現存するという郡代・代官役所。それはぜひとも行ってみたい。

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「高山陣屋」は思ったよりも広かった。用途の分けられたたくさんの部屋と庭。中をじっくり見て歩くと1時間強。大勢のお客さんがいるのに広いのであまりすれ違うこともなく、「幕府」の言葉にすっかり浮かれた夫と妻は、袴を押さえて腰を落としてすり足で走る昔のお侍さんの走り方を真似して「殿中でござる」「殿中でござる」「刃傷でござる」「刃傷でござる」と、渡り廊下をすりすりと移動。頭の悪いかんじで大満足。

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すり足で歩いていると前を行く団体さんにぶつかる。団体さんの前には現地のガイドさんがついていて、拷問用具の前で「ここでは警察などの政務も行っていました」と詳しく解説。団体さんにまぎれてふんふんと聞き込んですっかり物知り。

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「高山陣屋」を出ておだんごを買い食い。「みたらしだんご」だと思っていたら「みだらしだんご」だった。甘いみたらしとは異なり、かりりと焼いたしょうゆ味。甘いものの苦手な夫はとても気に入っていた。その横で、どこかの子どもが甘いだんごだと思ってかぶりついたら見当違いだったらしくかわいそうにちょっと泣いていた。

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買い食い第2弾は飛騨牛のお寿司。生の霜降り牛の上にごま油ベースのたれをつけている。お店の前で立って食べるとものすごい宣伝効果で行列がのびた。

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遅いお昼はお蕎麦。適当に入った古ぼけた蕎麦屋さんは狭くて中にはぎっしりと外国人の観光客のみなさんが座っていた。場違いな雰囲気とたどたどしい注文に、おじいさんとおばあさんふたりでやっている蕎麦屋はもう無茶苦茶で、おばあさんは半分ほどうんざりとした顔で妻たちが入ったあとにすぐ店の外の札を「営業中」から「準備中」に替えた。
途方も無く待って運ばれてきたお蕎麦は、それでもとてもおいしかった。外国人のみなさんも「ソバー」「ソ・バー」と喜んでいた。良かった。良い旅を。

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もちろん「さるぼぼ」も売っている。今回は金色のびかびかの「さるぼぼ」があった。昔はなかった。よくわからないけれど、「さるぼぼ」なのに高級感。

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「さるぼぼ」の棒つき飴も売っている。切っても切っても「さるぼぼ」方式で作られた飴。でもできればやめたほうが良かったのではないかな。というかんじ。

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歩きつかれて予約していた民宿に。案内所で聞くと本日はもう旅館はどこもいっぱいだった。味気ないビジネスホテルに泊まるよりは、民宿であたたかいふれあいのほうが良い。胸躍らせながら民宿の門を叩くと中から下着姿に毛糸のチョッキを着たおばあさんが出てきた。なんとおばあさんひとりで切り盛りしている民宿なのだった。ちょっとびっくりした。

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まるでよそのお宅へお邪魔しているみたいな感覚でもじもじしたあと、逃げるように「晩ごはんを食べて参ります」とおばあさんに声をかけて外出。おばあさんは「外は寒いでな。厚着でな」と見送ってくれた。
入った飛騨牛のお店で妻は網焼きを。夫は朴葉味噌焼きを。おいしい。

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お酒も入ってすっかりご機嫌になった我々は商店街の酒屋さんで地酒や地ビールを買い込み民宿に戻って酒盛り。よそのお宅のお風呂感覚でお湯を借り、岐阜テレビでも見ようじゃないかと100円を入れてつけたテレビは壊れて砂嵐。100円…とあおざめる妻の前で夫は寛大な心でもってテレビの裏を見て、持っていた小さなナイフで壊れていたアンテナを華麗に直してあげていた。そんな夫のおかげで妻は100円分のテレビ放送のひとときを、そして民宿のおばあさんはよく映る素敵なテレビを取り戻した。
それにつけてもお布団で眠れる幸せ。

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翌朝ごはんをいただいて、おばあさんとお別れ。民宿を出る時におばあさんは「元気でな」と言ってふたりに缶のコーヒーをくれた。どうもありがとう。地域的ふれあい。
道の駅で休憩がてらもらったコーヒーをのみのみ一服。このあたりはとても水がきれい。

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今日は北上して白川郷にある合掌造りの集落へ。世界遺産。
色づいた木々といくつものトンネルを抜けて、勇ましくドライブ。しかし白川郷到着目前にして観光バスと乗用車の大渋滞。朝だというのにこのにぎわい。

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運良く近くの臨時駐車場に車を滑り込ませる事が出来た我々は、でくでく歩いて合掌造りの集落へ。妻はここへも昔来たことがあるので張り切って先頭切って夫をご案内。ふと振り返ると、夫はお土産もの屋さんで売られていた「清水の次郎長」の青い縦じまのマントとしいたけみたいな笠(次郎長セット)になぜか釘付け。欲しい…の?おそるおそる尋ねると夫は「これを着てそぞろ歩いたらきっと楽しいよ」と言ったけれど結局買わなかった。でも少し未練ありげ。

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合掌造りの家の中を見学したりもする。家の中にはいたるところに「火気厳禁」の札があって、「合掌造りは燃えやすいのです」と書かれてあった。夫は札を見てうんうんとうなずいて、「じゃあ『白川郷納涼花火大会』とかは無いんだね」と言った。妻もたぶんそれは永遠に無いと思う。

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歩きつかれて茶店で休憩。夫はしょうゆ味の「みだらしだんご」妻はごまだれのだんごをもぐもぐと食べる。おいしい。
この日の最高気温は20℃もあって、ぶあつい毛糸のセーターを着ていた妻は汗みずくに。だって昨日2℃だったのに。

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昼過ぎに白川郷を出る。午前中にすでに混んでいた駐車場前は、今や車の大行列となりどうにもならない状況に。きっとこれからも列はどんどん増えて、村はすごいことになるのだろう。午前中にたどり着けて良かったね。さすが「だるまみくじ」で大吉だよねと、おみくじ引いた晩に高山で車中泊したことなどすっかり忘れて浮かれる。

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今度は車を南下させて向かうは「郡上八幡」。言葉の響きもなにもかも、なぜだか気になる郡上八幡。

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郡上八幡は岐阜県の山間にあって、「水の町」と呼ばれるところ。いたるところに川から引き込んだ水槽があり、地元のひとびとはそこで野菜を洗ったり、お皿を洗ったり、飲料水に使用したりする。小さな小川にはまるまるした鯉が泳いでいて水をきれいにしてくれる。水は冷たく清んでいてとても良いところ。街並みも古く、高山ほど観光地化されていないあたりが本当に素敵。夫と妻は郡上八幡に惚れ惚れ。

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そぞろ歩く夫を撮ろうとデジタルカメラを構えた瞬間にカメラからピー!とけたたましい警告音が鳴って、あっさりと電源が落ちた。バッテリー残量がありません。そろそろ寿命かバッテリー。

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これからという時に!と妻は慌ててバッテリーを外して懐であたためつつ、だましだまし撮影。たしか前にもこんなことをしていた。妻はいつも思うのだけれど、貴重な電池残量を使ってあのけたたましい警告音を鳴らすのならば、せめて1枚でも多く撮らせてくれたら良いのに。妻がデジタルカメラだったらそうする。そして電池がなくなると、なんとなーく誰にも気付かれないようにそっと切れてやる。

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なんと郡上八幡は、「食品サンプル」の発祥の地でもあるのだった。今でも全国の「食品サンプル」の7割がここで作られているという。「食品サンプル」大好きの夫の興奮は最高潮。

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2軒の「食品サンプル」のお店をはしごして、じっくりと見学。夫は6年ぐらい前からずっと「スパゲティでフォークが宙に浮いている食品サンプルが欲しいなあ」と言っており、通信販売のサイトの購入ボタンを押しかけたほどフォーク浮きスパゲティに惚れている。2軒目のお店に果たしてそれはあった。お値段もお手ごろ。妻は嬉しくなって「買いましょう!」と言ったけれど、夫はなぜだかもじもじと長考の末、「今回はやめとく」と言ったのだった。なぜだ!
でも妻はなんとなくわかる。あんまり長いこと買える金額のものを欲しがっているとひとは買い時を失って、購買意欲は残留思念のように漂ってしまうのだった。夫にとってそれはスパゲティだったのだった。

気を取り直してスパゲティをあきらめ、小さな食品サンプルをこまごまと買い求めてわりと満足して店をあとにする。

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そんなこんなでもう日暮れ。夫と妻はもう帰る。
郡上八幡インターから大渋滞の高速道路をひた走り、夜中に神戸にたどりついて愉快な旅おわり。

最後に郡上八幡で購入した食品サンプルをご紹介。

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夫が買ったピザひとかけ。裏はマグネットになっていて、冷蔵庫などにパーンと貼り付けることができる。
夫はこれを、食品が置いてあるわけがない場所(車のボンネットの上とか)にどーんと置いてひとびとを驚かせたいのだった。

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同じく夫が選んだたこやき1個。つまようじがサーンと刺さっている。大阪の道端に落ちていても良いかもしれない。

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妻の三色だんご。

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そしていちごの乗ったケーキ。
とりあえずテーブルに並べて置いておいたらそれを見るたびにおなかがすいてかなわない。

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2006年8月 3日 (木)

夏の四国旅日記

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妻が持ってるボーダフォンの一部の機種ではメール画面で「風邪が治りかけた」と打ち込むや否やたちまち電源が切れて再起動。いままで打った文章すべておじゃん。という不具合があるというのを昨日夫から聞いて、実家の母にやってみせたらなぜか大うけの日曜日。調子に乗って何度も「風邪が治りかけた」「風邪が治りかけた」と風邪もひいていないのに打つと本格的に壊れるそうなので気をつけて。

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恒例の四国。今年の夏も、夫がきてくれます。
ちょうど梅雨も明けて、てのひら返したように晴れて日本の西は猛暑。
サービスエリアで母が選んだCDを買い、「瀬戸の花嫁」を聴きながら夫の自慢の青い車で妻と母と夫は瀬戸大橋を渡るのだった。


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おなじみの愛媛限定キャラクターであるところの「タルト」さんは新商品が増えていた。「ワイハ(鈴5個入)」。「タルト」さんが愉快なビーチボールに。でも海に入ったら「タルト」さんきっと溶けると思う。だってあんこだもの。
母は「なんでハワイのことを『ワイハ』って言うの?」とそればっかり気にしていた。夫に「タルトTシャツ」をしつこくすすめてみたけれど、やっぱりいらないみたいだった。「だって『オヤツ』って書いてあるもの…」と、大人はどこかしら消極的。


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祖母へのお土産は「養命酒」と「ぱんだ」の紙ふうせん。
たまたま駄菓子屋さんで見つけて祖母の家の猫にパンチでもしてもらうつもりで持ってきた。しかし祖母がこれをとても気に入って、「ぶら下げて飾るぜ」と言う。そこで祖母の言いつけどおり、そのへんにあったビニールひもを「ぱんだ」に貼っつけて天井にセロテープでとめ、祖母の家はこれでますますおかしいかんじに。

そしてかんじんの猫は、祖母の家に到着した際に庭で見かけて以来、戻ってこない。きっとろくな目に遭わないと思って避難したのだろう。やっぱり妻は猫には好いてもらえないみたいだった。

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翌日はドライブ。祖母を連れて八幡浜市にある「平家谷」へ。
「平家谷」は壇の浦の戦いで源氏に敗れた平家の一族が落ちのびてきたという伝説があるところ。なにやら悲しいお話があるらしいこの地は、水がきれいなので今は「流しそうめん」が名物に。「平家」と「流しそうめん」は、あまり関係が無い。

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せっかくなのでお昼は流れたそうめんでも食べる。
そうめんは、左からやってきて右に流れていくしくみ。左利きの妻は食べにくいことこの上ない。妻がそうめんの出発点である一番上流に居たにも関わらず悪戦苦闘。
そうめんはすごい速さで流れていった。

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ぐるりと輪になったそうめんレーンの向かい側には、同じく左利きの小さな男の子が座っていて、やっぱり左から流れてくるそうめんに苦労していた。そうだよね。左利き専用レーンも欲しいよね。と、親愛の情を込めて少年に熱い視線を送ってみたけれど男の子はそうめんに夢中でこっちなんか見てもくれなかった。

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川の端には小さな釣堀があってそこには「にじます」が泳いでいる。それを釣り上げると1匹300円で焼いてくれるというのでやってみる。
夫が竹でできた竿に練り餌をつけて放るとものの2秒で「にじます」は掛かった。早すぎる。まさに入れ食い。これならばと祖母にも釣竿を持たせ、釣り上げる様子をビデオで撮影するべくカメラを向けると祖母は見事に釣り上げて暴れまわる「にじます」をびーんと釣竿ごとカメラにぶっつけた。

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母も妻も釣り、ばけつに入った4匹の「にじます」を係りのおじさんに渡すとおじさんはその場で躊躇なく「にじます」にザサーンと串を刺し、塩を塗りつけて焼いてくれた。盛り上がる夏休み気分。
焼けた「にじます」には焦げないようにこれでもかというほど塩がついているから丸かぶりするとしょっぱいよ。ばあちゃん。と夫が言った途端に祖母と、あと妻は盛大に「にじます」を丸かぶり、ふたりしてしょっぱさに大悶絶。

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全員で靴を脱いで裸足でわあわあと川に入って水遊び。水は驚くほどきれいで冷たい。
祖母が無茶をしないように付き添っていた夫。祖母は川の真ん中の小さな岩を指して「あの岩に登りたいぜ」と案の定無茶を言い、夫を困らせていた。

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また車に乗り込んで今度は佐田岬へ走る。今年の春に訪れて、強風に吹きつけられて凍える思いをしたあげく地元のひとに「ここは夏にくるところだよ」と言われてしまった日本一細長い半島、佐田岬。もう夏なのでまたきました。

このあたりは風が強いので半島には大きな風力発電の風車がどーんと立っている。ずらりと並ぶ姿は壮観で、あまり見ることができない風景に4人はすっかり魅了される。しかしこの日はなぜか無風。巨大な風車はぴくりとも動かず。爽やかな風も吹かず。ただ暑いのだった。

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展望台のすぐ横に立っている風車が都合よく太陽を遮ってくれたのでなんとか日影に入ることができた。やっぱり海の近くの建造物は白くて美しいものが良いよね。と言いながら、地球の自転にともなって1時間に15度移動する風車の影と同じようにじりじりじりと我々も移動。

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それから近所の銭湯でびしょびしょの汗を流し、祖母の家に帰って夫は「とんかち」でこんこんと祖母の家の窓にカーテンレールをつけたり、ドアの立て付けを直したりした。男手。男手は素敵だ。夫はその夜30代と50代と80代の女からの喝采を一手に受けたのだった。
猫は帰ってきません。

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翌日も元気な祖母を連れて農場公園までドライブ。
去年の夏に遊びに来た時にぽつねんと立っていた搾乳体験の出来るはりぼての牛「ミルちゃん」。去年はちゃんとおしりに青いホースを繋がれて、ゴムでできたお乳をしぼると水がピューと出た。残念なことに今年はホースがなく、ゴムをギューとしてもスカーと空気だけしか出なかった。夏休みなのに侘しいかんじ。

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施設の中にあるレストランで昼食。ここで作ったチーズや牛乳をふんだんに使ったグラタンやピザがおいしいと紹介されていたので過剰に期待していたらコックさんが健康志向なのかなんとなく薄味でなんとなく微妙。なんとなくしんみりと食事をする妻と夫と母の横で、祖母は「和風ハンバーグ」なんかをもりもりと食べ、ピザにも手を伸ばして「まことうまいぜ」と言ったのだった。良かった。

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なんとなくおなかいっぱいになった一行は農場の近くにある渓谷を地図で見つけて行ってみる。そこにはキャンプ場があって子どもが遊べるアスレチックのようなものもあり、とても楽しげなので夏休みのレジャーのお客さんがいっぱいかと思いきや人影皆無。整備された細い道には誰も歩いた跡も無く。ベンチも苔むして陰鬱な雰囲気。祖母は元気いっぱい。妻はわりとおっかない。

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それでも渓谷は美しい。さんざ歩いて滝を見たあと「この上に神社があるぜ!」と立て看板を見て意気揚々と近年誰も歩いていなさそうなぼろぼろの階段を歩き出した祖母を、蛇を怖がる母は必死で阻止。そそくさと車に戻って散策あっけなく終了。

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今日は「小藪温泉」でお湯を借ります。
温泉の少ない四国の中でとびきり良いお湯が出ている場所のひとつ。加えて大正2年に建てられた今では珍しい木造の3階建ての宿が、ものすごくおんぼろで趣があって妻はもう大好きなのだった。ここに夫をご案内。

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しかし夏場の温泉はやっぱりつらい。とても良い気持ちでお風呂から出てもすぐに汗みずく。


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祖母の家に帰ると猫が待っていた。
妻たちが来てからちっとも家に寄り付かない猫。猫に「今から花火をしますよ」と言うと猫は無言でまたどこかに行ってしまった。

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持参した花火を庭でやる。祖母は「急いで火をつけたらあっという間になくなってしまうぜ」と言うわりには線香花火を5本まとめて着火したりして巨大な赤い玉を作って無茶苦茶をしている。そしてやっぱり花火はあっという間になくなってしまったぜ。

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明日の早朝にもう帰る。寂しがる祖母に夫は余興の手品を披露。下に敷くマットまで持ってきていた。なぜだ。
夫はコインを消したり祖母の引いたトランプがなんだったか当てたりしようとしたけれど、無茶苦茶な祖母は手品を見せてもらうひとの暗黙の了解をことごとく無視。見てはいけないカードをひっくり返したり引いたカードを返さなかったりして夫をほとほと困らせていた。

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翌日も良い天気。ばあちゃん元気で。また秋に参ります。朝日を顔面に受けながら車をひたすら東に。
そしてビデオカメラやデジタルカメラなどを入れすぎた今年買ったばかりの妻の素敵なかごバッグが、重さに耐え切れずに革の持ち手のところからかごが破れかぶれになって旅おわり。

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2006年7月19日 (水)

長野旅日記

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13日のこと。
母からの誘いでまたバスに乗った妻。目指すのは長野県の諏訪湖。
家から集合場所まで電車で40分。そして微妙に早朝。早い時間帯の電車はあまり無いのでJRの「おでかけネット」で事前に調べると、

1.途中の駅からなぜか新幹線に乗り換え
2.始発に乗って集合時間の1時間半も前に到着
3.前日の最終電車で途中の駅まで行き、ホームで225分待つ

という、なんかもういろいろとおかしい三つの方法があることがわかった。ちょっとひどい。特に最後のやつがひどい。
考える余地も無く2番目の手段を選び、ハトしか居ない公園でえんえんと母の到着を待つ旅のはじまり。

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兵庫県から長野県までは遠い。お昼ごはんをはさみながら休み休みで7時間。全員帽子をかぶったおじいさんおばあさんであるバスに乗り合わせたひとびとの中で、妻は明らかに浮いている。多分最年少。そしてその次に若いのはきっと母。

最初の目的地は飯田市にある「元善光寺」
ここにあったご本尊を長野市の「善光寺」に移したので、「元」善光寺。元、善光寺だったら、今の名前はなになのか。

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駐車場の前の売店にはおかしなソフトクリームが売られている。ずいぶん豪勢なかんじ。境内にも「歩行・走行・寝ころんでの喫煙禁止!」という立て札があったりして、どこかしら変わっている。境内では、あまり寝ない。そして走りながら煙草は吸わない。

06071810本堂の地下にある細くて曲がりくねった真っ暗な道を辿り、その道のどこかにある鉄の錠前を暗闇の中で触ることが出来ると極楽浄土往きが約束される「戒壇巡り」というのがあったのでもちろんやる。
地下はあまりにも暗く、細いので地下へ続く階段の前ではひとびとがだんご。「お前行け」「先に行け」という雰囲気が漂っていたので妻は勇ましく先頭切って入る。続く母。それに続くおばあさんたち。
中はひんやりと闇で、道の先も、目の前に何があるのかもまったくわからない。両手を壁につけてそろそろと伝い歩き。基本的にそこを抜けるまでは声を出してはいけないそうなのだけれども、おばあさんたちはそんなもん知ったこっちゃないというかんじでワーとかギャーとかまるで肝試しの態に。妻も妻で後戻り出来ないこの状況でなんとか錠前を探さなくてはならず、それでも見えないので必死で壁を手探って錠前であるわけもない通気口みたいなものを「これか」「これか?」とやっており、母は母で怖がって妻の服の裾をしっかりと握って離さないので妻の服はべろべろに伸びた。
なんとかかんとか錠前に触り、すり足で出口へ。


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またバスに揺られて「諏訪大社(上社)」へ。
7年に一度行われる「御柱(おんばしら)祭」では、10トン以上の重さの大木を25キロ離れた山の中から人間の力だけでこの「諏訪大社」まで運んでくるのだそうだ。丸太にまたがった男性たちが山の急斜面を滑り降りて放り出されてごろごろ転がっていく映像を、妻はテレビで見たことがある。

06071812前々回の「御柱祭」で転がしてきたもみの木がどーんと立ててあった。後ろを見ると引き摺った跡。なるほど奇祭。古い御柱はこんこんと小さく切られてお守りや表札や、お箸になったりもするとバスガイドさんが言っていた。お箸。まさか25キロの距離をエンヤコラと持ってきた木がお箸に。


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諏訪湖へ到着。
諏訪湖は一番深いところでも水深が7メートルほどしかないとても浅い湖なのだそうだった。
ガイドさんは到着直前に妙にハキハキと「諏訪湖は実は日本一水質の悪い湖なんですよ!」と言い放って期待に胸ふくらんでいたバスの乗客のテンションを一気に下げた。

諏訪湖にはスワンボートがこれでもかというほど浮かんでいる。なんというか、とてものん気で素敵。

宿は下諏訪温泉。大ごちそうを目の前に、歯痛になってから控えていたビールをがぶがぶとのみ、揚げたてのわかさぎの天ぷらも呑む。いまだしっかり噛めず。
酔っ払って母とおおらかな気持ちで就寝。


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翌朝。
長野県の飯田市のあたりから「りんご畑」がたくさん。今の時期はそれらが小さな実をつけていてとてもかわいい。なんとか写真を撮りたいなあと思っていたのにりんごの木の前を無常にもバスは素通り。宿の近くで見つけた木に実がなっていたので喜んでカメラを構えるとなんか変。りんごはこんなにふさふさしているか。形もいびつ。首を傾げながらシャッターを切ったがあとで妻が一生懸命カメラに収めていたこれは「かりんの木」だということがわかった。

本日快晴。目指すのは霧が峰。車山のビーナスライン。霧が峰だなんて妻はエアコンの名前ぐらいしか知らなかった。
昔、父が訪れた時は諏訪湖から発生した霧でもって1メートル先の景色も真っ白でなんにも見えずまさに霧が峰。ただの白いところ。といった風情だったそうだけれども、今日は期待が持てます。

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どんどんと坂を登ってカーブを曲がると木がなくなり、突然青空と高原。バスの中はわっと歓声が上がって全員が全員窓に一斉にへばりついた。
はるか遠くに八ヶ岳、南アルプスあと富士山。「ニッコウキスゲ」という黄色い花も咲いていて、なんて素敵。ものすごく素敵。

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温度というものは標高100メートルごとに0.6℃下がるらしく、眩しいほどに晴れているのにとても涼しい。
さらにここから車山のてっぺんまでリフトで行けるという。母とふたり、バスを飛び出してチケット売り場へ猛ダッシュ。

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足をぷらぷらさせながらリフト。あまりの景色を前に、妻も母も貧困な語彙しか持ち合わせておらずただただ「良いね」「良い」としか言えない。ともかく幸せ。

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車山の山頂は標高1925メートル。ここに巨大な気象レーダーがぽつんと建っている。

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このようにして妻は山の上にいる間じゅう興奮し続け、景色を眺めては撮り、「母とレーダー」「母とリフト」「母とニッコウキスゲ」「母と山頂」などを激写しまくりわあわあやっていたら戻りのリフトの上でカメラのバッテリーが切れた。実際撮りすぎた。

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ふたたびバスに乗り「白樺湖」。
小さな湖の周辺に白樺の木がたくさんあってレジャー施設などが充実。夏休みはとても賑わうという白樺湖。でも今はちょっとわびしい風情。
なんでも「白樺湖」は農業用水をためておくための人工湖で、昔は「大池」という名前だったそうだ。大池。ものすごく普通。

06071811高原といえばソフトクリーム。
売店に行ってメニューを見ると「ニッコウキスゲあじ」のソフトクリームがあった。ニッコウキスゲ味…。妻は前に「あじさい味」のソフトクリームを食べたことがあるけれど、なによりもまず「あじさいの味」がわからなかったのでそれ以来花のソフトクリームには手を出すまいと決めている。食べるのは牛乳ソフトクリーム。


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まだお昼過ぎなのにもう帰る。だって7時間もあるのだ。
バスでは映画のビデオ2本立て。狭いシートに腰骨をぼきぼきにされて旅終わり。

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2006年6月 1日 (木)

やっぱり四国旅日記

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祖母がひとり暮らしている四国に、母と様子を見に行く旅路。
四国と祖母が妻を呼ぶ。週間天気予報はずっと晴れ。日焼け対策として、いかさないアームカバーをばっちり装着して車を運転。

愛媛県のサービスエリアでは、おなじみ「タルト」さんのステッカーが床にたくさん貼られている。それをみんなが踏みしだいて歩き、タルトちょっとかわいそう。

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これからの季節に忘れてはいけないのは日焼け防止と虫除け。
なにしろ祖母の家は「家の中でありながら外」みたいな風情があるので毎年見たことの無いような虫にたくさん出会うのだった。妻はなにより虫がこわいのでこの「ぶた」を持参。祖母の家に着くなり電源を入れたがたいした慰めにもならず。虫は普通に飛んでいる。

06052811猫はとっても元気。
猫にとって妻はおそらく、会うたびに銀色のカメラ片手ににじり寄って来るたいへん迷惑な人間だと思われている。今回もどたどたとやってきて「やあやあ」と言いながら鼻先にレンズを突きつけ(近い)、何度も響かせるシャッター音。猫は律儀に流し目をくれる。


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翌日は掃除。
しかし祖母は母や妻が掃除ばかりしていると拗ねるので(物を捨てるとけんけんと怒る)、どちらかが注意を引きつけておいてもう一方が作業。というコンビネーション技を繰り返すことになる。本日は妻がこたつ布団を洗濯している間に母が祖母の服を褒め、交代して母が冷蔵庫に眠る液状化した豆を捨てている間に妻が話を聞いたり、浪々と歌う祖母に手拍子を打ったり踊ったりする。

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そんな祖母の話。
近所のキヨちゃん(おそらく祖母のお友達)が「むささび」を飼っているんじゃ。と祖母が言うので妻は感心。それは珍しいね。なにかな?そのキヨちゃんちの「むささび」は飛ぶのかな?などとノリノリで問うと祖母はハキハキと「むささびは飛ばないぜ」と言ったのだった。むささびは飛ぶよばあちゃん。
それから話を続けるもどうにも噛みあわず、「ばあちゃんそれは本当にむささび?」と聞くと祖母は首を傾げて「まことにむささびか…?」と言った。疑問はそこからか、ばあちゃん。「モモンガ」とか「りす」とか、いくつかそれらしいものを挙げてみたけれども祖母にはぴんとこず、結局キヨちゃんちの動物はわからずじまいに終わりそうになった瞬間、祖母は「つがいで籠に入れておいたら爆発的に増えたんじゃ」と言った。ああ。ばあちゃん、それは「ハムスター」。
どこからどうなって「むささび」に。

06052812山奥でお墓参りをしたり、街に出て銭湯に行ったりして帰るともう夕方。
祖母の家の目の前にある小さな川には蛍がたくさん居て、暗くなる頃に一斉に飛ぶのだった。
今まで生きてきた中で妻の「ほたる運」はなかなかに悪く、「ほたる狩り」なんかに行ってもちっとも飛んでなかったりしたので、こんなにたくさんの蛍が飛び交うさまをあっさり見られて大びっくり。しかし蛍だって虫なので、やっぱりおっかないのだけれども暗闇に舞う光はとてもきれい。
勇んでカメラとビデオカメラを構えてなんとか撮影しようと悪戦苦闘したものの、どう頑張っても良いかんじには撮れず、カメラに翻弄されてかんじんの蛍をまったく見ていないことに気付いて観賞に専念。

蛍は危機管理が甘く、簡単に寄ってきて簡単に祖母に捕まえられていた。
祖母と母は「昔は蛍を捕まえたら虫かご代わりに『ねぎ』の筒の中に入れてたよねえ」などと言って盛り上がり、庭の「ねぎ」をちぎってその中に蛍を入れた。淡く光る「ねぎ」。なんというか、ちょっとひどい。



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もう寝る。
電気を消して布団にもぐりこんで目を閉じ、しばらくしてから目を開けると部屋の中で蛍が2匹も飛んでいたのでたまげた。この蛍の危機管理の甘さ。
うっとりしているうちに持参した「アースノーマット」でもって蛍が弱ってしまうと困るので必死で捕まえ、外に逃がす。

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翌日は祖母を連れて明浜(あけはま)までドライブ。
明浜はリアス式海岸の美しい風光明媚な港湾で、急斜面につくられた段々畑にはみかん。海では真珠、ちりめん、鯛が採れる素敵なところ。天気も良くて、祖母もご機嫌。

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海水を利用した「塩風呂」に浸かる。露天では目の前に宇和海が見えて旅情爆発。海水の浮力で、脚がゆらゆらと浮く。
のぼせた祖母が「熱いぜ」と言いながら湯から上がり、全裸で柵の前に仁王立ち。ばあちゃん、外から見える見える。

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お昼はこのあたりの郷土料理である「ひゅうが飯」。
鯛のお刺身を卵の出汁に漬け込み、もみ海苔と胡麻、ねぎを散らしてそれを炊きたてごはんにかけていただきます。夢のようにおいしい。ごはんが足りません。分厚く豪快に切られた新鮮な鯛のお刺身もどーんと出てきて祖母も母も妻も大満足。
妻は「夫タカマルも来れたら良かったのにな」と思い、母は「父さんはお刺身が好きなのにな」と思い、祖母は「じいさんも生きてたら良かったのに」と思った。おいしいものを食べた時に思うことはまるで同じ。


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腹ごなしに海辺を散歩。
陽射しは強いものの潮風は爽やかに、砂浜は白く、沖には漁船。「ばあちゃん、きれいねえ」と呟いて振り返ると祖母は石の階段に腰かけて落ちていたボールペンを拾っていた。ばあちゃん。海見ようよ。海を。「…あ!まだ書けるぜ!」
海そっちのけの婆。

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帰りは海沿い。いくつかの漁村を通過しながら、細い道のカーブの先に居るか居ないかの対向車に怯えながら運転。
休憩がてらコンビニでアイス。半分祖母にあげると祖母はチューと吸い、「これはうまいぜ」と言った。妻が微笑んで「パピコよ」とアイスの名前を教えると祖母は「ポテコ?」と言った。ポテコは実在するけれども違った。「パピコよばあちゃん」「パピプペポ」惜し…くない。文字数も増えている。


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家に戻ると洗濯物は乾いていて、玄関先で猫が待っていた。
今夜は猫を抱えて一緒に蛍を観賞。
猫はしまいめに迷惑そうにひとつ鳴いてから妻の鳩尾を脚で蹴って、しなやかに降りて逃げた。


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翌日は帰ります。
ばあちゃんまた来ます。今度はきっと、暑い暑い夏のさなかに。
母と枇杷を食べ食べ高速道路を通って帰っておわり。

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2006年3月16日 (木)

もっともっと四国旅日記

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毎週毎週、どこか行く。

車に母を乗せて、四国でひとり暮らす祖母の家に。
ここのところ、とても暖かい日が続いていたのでうっかり春の装いで出かけたらなんだか寒い。

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祖母も、猫も元気だった。
到着するや否や母、かばんの奥から木の枝をにゅっと出し、「これ、アレよ」とにやりと笑った。おかあさんそれはまさか、またたび。
先日母が遊びに出かけた先の「道の駅」にご自由にお取りください、と書かれたまたたびの棒っきれがたくさんあったのだそうだ。

猫にまたたび。実際に目にするのは初めてなので祖母も母も妻も、猫よりも興奮気味。
果たして猫は、我々の予想通りにまたたびの木に飛びついてしばらくじゃれていたけれど、ものの2分もしないうちに飽きてしまったのだった。あれ。もういいの。酔っ払ったりしないの。
やや肩透かしの気分でほったらかしにされたまたたびの枝を拾い、猫に近づけて「ほい」「ほい」とやっていると、猫はうるさがって顔の前に突きつけられたまたたびの枝を猫パンチ。
枝は、すごい勢いで部屋のすみに飛んでった。

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翌日は、とても寒い。
一昨日は18℃もあったのに本日の最高気温5℃。三寒四温にもほどが。
本日は荒れ果てた祖母の家のお掃除と、お墓参り。
祖母は机の上に置いてあった、おそらく祖母本人が拾ってきたであろう小さくてすべすべのえんじ色の石(見るからに石)を見て「これはなんじゃろう」と言い、歯でカッと確認して「石じゃった」とか言っている。ばあちゃん食べないで。

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そういえば祖母は、先日高松でやっている「ナポレオン展」に連れて行ってもらったのだそうだった。祖母はきっとあんまり詳しくないはずなのに、「まっこと良いぜ、ボナパルト」と言い、「おみやげじゃ」と金の額縁に入ったこの有名すぎる絵を、ふたつも買ってきて妻にくれた。あと同じ絵のポストカードと、クリアファイル。ありがとうばあちゃん。でも、どこに飾れば良いのやら非常に悩む。

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なにかのはずみで奈良の話になる。
すると今まで猫と遊んでいた祖母がぱっと顔を上げ、やおら

「七代七十余年の間、帝都として栄えし奈良の都も色移り香失せて、時既に久しく、今はただ、畿内の一都市としてあるのみ。
然れども、春日の社塔、山の緑に映えて、東大寺の金銅天空高くそびえ、五条三尺の大仏、一千二百年の面影を残せり」

と真顔で言ったので妻と母は本当にびっくりした。念仏。「ばあちゃんなにそれ」と言うと祖母は「小学校で、こう習ったんじゃ」としれっと言った。祖母は昨日のことはすっぱり忘れるのが得意なのに、80年も前のことは平気で覚えている。
妻はその祖母の物言いがとても気に入ったので、もう一回言ってもらってこりこりとメモに忠実に書いた。


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次の朝起きたら雪が降っていた。
ぼたぼたのぼたん雪だったけれど、どんどん積もる。祖母を乗せて、どこかに遊びに行こうと早起きしたのにどうにもならない。
半ばあきらめ、掃除をしたり祖母の趣味である模様替え(祖母はひとりでベッドをも動かす)を手伝ったりしていると午前10時に雪がやんだのだった。

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四国の西の端にぺろっと出ている日本一長い半島。「佐田岬」。
妻は、ずいぶん昔に兄とこの佐田岬半島の先端を見るべく勇んで出掛け、思ったよりも遠かったので途中で挫折して帰ってきた過去を持つ。でも今は、遠い気がしない。
祖母と母を車に乗っけて出発。するとやんでいた雪がふたたび降り出して外は風をともなって猛吹雪。

2006031209佐田岬はとても細くて長い半島で、道を走ると左に「宇和海」右に「伊予灘」を同時に見ることができるという、めずらしいところ。
半島に入ってすぐの「道の駅」で、揚げたての「じゃこ天」を買い食い。


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このあたりは「風のまち」という公式キャッチフレーズがついているのだけれど、風にもほどがあるだろうと言うぐらいものすごい風だった。車から出た途端に、祖母がよろめいて「ひゃあー」と言った。あぶない。

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道の駅には、大きな水槽があった。
水槽の真ん中に穴があいていて、そこから手を入れて魚とふれあうことができるという。すごい。なんでどうなっているの?
「魚のえさ100えん」と書かれてあったのでもちろん購入。小さなカップに入った「えび」をもらった。
穴に手を入れ、持っていたえびを散らすと「みのかさご」さんがわーっとやってきてえびを吸い込むように食べた。とても楽しい。
愉快な気持ちでえびをやっていたらそれを見ていたスーツを着た男性が、妻に「みのかさごは毒があるので触ってはいけませんよ」と言ったのだった。そんな。「ふれあい水槽」だと、書いてあるのに。

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細い道をひたすら走って四国でもっとも西にある、駐車場。
ここから灯台まではこの道を登って下ってふたつ山を越えないといけない。片道2キロ。往復4キロ。
全員途方に暮れるものの、なんだかもう引っ込みがつかなくなっている。


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意を決してハイキングスタート。妻はカメラとビデオカメラを持って、先を歩く母と祖母を撮影。「落ちたらいちころ」というかんじの崖の横を歩くふたりをモニターで見ながら、遭難しているみたいだと心から思う。
吹きすさぶ強風がビデオカメラのマイクに直撃し、あとで見たら佐田岬半島で撮影したテープにはすべてぼさぼさぼさー!という轟音が入っていた。

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髪を振り乱してほうほうのていで灯台に到着。
灯台の向こうにはちょっとした展望台があって、素敵な風景を見れるのだけれども風が強すぎて一歩も前に進めず。
妻が行く。妻が、カメラで撮ってくる。灯台の白い壁に張りついた祖母と母を置いて果敢に前へ。本人は、滑稽にも大冒険しているつもり。

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これが四国の一番西から見える風景。
すぐそこに、もう九州。見えるのは石仏の町、臼杵。
撮るだけ撮って風に押されて転がるように退散。

ぼさぼさの髪でなんとか車まで戻る途中、荒波の中「わかめ」を採っていたおばさんに出会い、「ここは夏に来るところだよ」と言われる。どうりで誰も居ない。
祖母が、「今まで生きてきてこんな強い風を受けたのははじめてだぜ」と言っていた。

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帰りはのんびりと。
このへんではみかんの栽培が盛んで、段々畑にさまざまな種類のみかんの木が植わっている。道端に、普通にみかんがぽたぽたと落ちている光景は、愛媛県の他ではあまり無い。
潮風を受けたみかんは皮がうすくなり、甘くなるのだった。
無人販売所で売られていた「デコポン」と「清見タンゴール」をおみやげに買っていたら、その販売所にみかんを置きにきたおじさんが「これは商品にならんやつじゃけど、あげよう」と言って大きな袋にいっぱい入ったデコポンをくれた。地域的ふれあい。

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おなかがすいて、午後5時に昼ごはん。
この海で採れた、釜揚げしらすとんぶり。とてもおいしくてぺろりと食べた。母は妻と同じものを。祖母は、お子様ランチ。なぜだ。

満足のドライブ。

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翌朝は5時起床。
祖母にビデオテープと写真を送る約束をして帰る。次は風の無いところに行こう。
休憩で立ち寄ったサービスエリアで、夏目漱石が「坊ちゃんだんご」を持たされている宣伝ポップを見つけて吹き出す。今の世の中はなんでもできる。
ひとつの玉が手をグーにしたぐらいの大きさの、巨大な坊ちゃん団子も売られていた。


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休憩の合間に夫にモーニングのコール。「おはようー」と話していたら、今愛媛県が売り出し中のキャラクター、「タルト」のTシャツが売られているのを見つけ、この「タルト」が大好きな妻は「ねえ。タルトのTシャツいらない?」と夫を誘惑。すると夫は電話口で微笑んで「うん。いらないよ」と言ったのだった。

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2006年3月 8日 (水)

日帰りバスの旅日記

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前口上が、とっても長い。

去年の年末に妻は近所のホームセンターに出かけて行ってお掃除用品などをわっさと買ったのだった。するとレジのひとは妻に「はがき」をくれたのだった。「はがき」は応募券になっていて、ペアで素敵な温泉旅行が10組さまに当たるというものだった。妻は近くのカウンターでこりこりと住所を書いたのだった。そして記入欄には、「特別サービスで、もう一人他の誰かの住所を書くとそのひとにも当選の権利があるよ」といういうようなことが書かれてあったので、妻は、実家の母の名前を書いたのだった。

そんなことをすっかり忘れて2月も末。
母からりんりんと電話がかかってきて「なんだか当選のおはがきが来たよ」と言うので妻はやっと思い出し、「ペアで素敵な温泉旅行!」と叫ぶと母は「…ん?」と言ったのだった。

ん?

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母から聞いた話によると、「2等賞」の、「日帰り京都・バスの旅・1名さまご招待」が当たったのだそうだった。応募券には一言も書いていなかった2等賞。それはなに?
ご同伴の方は、1万円で行けるのだと書いてあるという。母に聞けば、「日帰りの京都で1万円は高い」のだけれども、「ふたりで割って5千円ならば、まあ、安い」ということだった。ははあ。なるほど。

応募した妻ではなく、母に当選はがきを送って「こんなのが来たよ」と会話をさせ、この微妙な価格設定。しまいには聞いたことのない旅行代理店の名前。実にうまい。あの応募券の目的はこれだ。

体験としては非常に愉快で、3月6日は母の誕生日でもあったので妻は「申し込むならそれをプレゼントにするよ」と言い、「かあさんに任せる」と電話を切ったのだった。

そして母は申し込んだ。そんなわけで妻と母はまたバスに乗る。

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午前6時45分の、わりとありえない早さの集合時間に母と妻は待ち合わせてみどり色のバスで出発。
昨日の雨はすっかり上がり、京都は春霞。通勤ラッシュの街を迷惑にも抜けて、30人ぐらいの物好きを乗せたバスは嵐山へ。

嵐山。修学旅行のメッカ。ずらりと立ち並ぶ大通りのお店はしかし一軒たりとも開いてない。
なぜならまだ午前の9時だから。おかしな旅だ。
でも通りはひともまばらで静かでとても幸せ。寺は、朝。

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てくてくと歩いて、足利の尊氏さんが建てられたという天竜寺。
ここは美しい庭園が自慢で、お堂の中から見える景色が雅。「枯山水の達人」という風情の職人さんがお庭のお手入れ。
48畳もある本堂の中で大きな大きな龍の絵を見ていると、グループ行動をしているらしき制服を着た中学生ぐらいの修学旅行生が、縦に一列に並んで庭をザッザザッザと歩いているのが見えた。旅のしおりを片手に持って、全員が全員無表情だったのできっとものすごく楽しくないのだと思う。あの頃のそんな気持ちは、なんとなく覚えている。

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天竜寺では素敵な「お守り」が売られていた。「お守り」はかわいい。こんなに小さいのに細工の凝らした刺繍がしてあって、ふっくらと、しかもなにかしらから守ってくれるのだ。
妻はだるまの刺繍がとても気に入ってひとつ掴み、母に「合格」と言いながら財布を出したら「…何に」と呆れられた。たしかに妻は現在なにからも試されていないのだった。そっとだるまを元の位置へ。

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友人に「開運」のお守りを買って、その場をあとにする。先日会った時に彼女は運を欲しがっていたから、きっと喜ぶと思う。

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嵯峨野の竹林。
木漏れ日の素敵な風景でも写真に撮ろうと母を立たせてカメラを構えていると、そのへんを歩いていた通りすがりだかボランティアのガイドさんだかをやっているおじさんに「ここの竹は長いから、カメラは縦に構えなきゃだめだよ!」と叱られた。
おじさんは、あとから来るひと来るひとに「カメラはね、こうね、縦!」と、めったやたらとたてたてまくし立て、そのわりにちっとも道の真ん中から動かないので良い写真が撮れません。
おじさんは女の子3人で旅行中らしき学生さんにおもむろに「ここの竹は真竹なのだ」というようなガイドを始め、30分後に同じ道を通ると、女の子3人組はまだ同じ場所でおじさんに「竹細工の美しさ」について語られていた。3人組は、ちょっと途方に暮れていた。

2006030713和菓子屋さんで「桜餅」を買い食い。
関西の一般的な桜餅は「道明寺粉」というもち米を蒸して中にあんこを入れたぽたっとしたものなのだけれども、ここで売られていたのは関東風の、小麦粉を平べったくのばして焼いてこしあんをくるりと巻いたものだった。妻、関東風初体験。おいしい。



2006030702

母が「豆腐コロッケ食べたい」と言うのでお店に行って「ひとつください」と言うと、お店のひとは「今から揚げますので10分ほどお時間よろしいか」と言った。10分。ああもうバスが出る。泣きながらあきらめ。頭を下げて去ろうとするとお店のひとは片手を上げて「7…6分!6分ならばいかがか!」と追いすがり。なんで短縮できるんだ。でもやっぱり間に合わないのでかさねがさねお礼を言ってバスに。地域的ふれあい。

集合時間のあるバスの旅はあまり得意ではないけれど、この旅は基本的に目的地まで連れて行ってくれてあとは野放しなので、移動手段としてはとても楽。眠っていれば、宇治に着く。

2006030711

宇治。
夏は鵜飼いの催しもあるという宇治川で屋形船に乗ってお昼ごはん。なんとかご膳。宇治茶を練り込んだ緑の茶そばがおいしい。お吸い物に浮かんだ手鞠麩がかわいい。

船に乗る前に、添乗員さんが「バスへのお戻りは2時半!2時半です!」と何度も何度も念押しをされていたけれど、一緒に船に乗っていたみなさんは茶そばをすすっている間にそんなことをすっかりと忘れ、食後のお茶をのみながら「集合は何時か」「2時か」「2時10分か」「いや2時20分か」とか、順番に変わっていってなんだか伝言ゲームの呈に。

2006030712

船を降りてふたたび自由。
世界遺産にも指定されているという「宇治上神社」に。
「宇治上神社」の本殿は現存する日本最古の神社建築なのだそうだ。雨や風をしのぐために、「覆屋」と言われる建物にすっぽりと入っている。
奥州平泉の「金色堂」しかり、だいじなものは全部家の中。

2006030707

そしてうわさの「平等院鳳凰堂」
今をときめく10円玉の裏。建物が横に長く、鳳凰が羽を広げているような形状であることと、屋根の上に銅で作られた鳳凰が乗っかっているのでこんな名前になったのだそうだ。
もちろん財布から10円玉を取り出して記念撮影。
まわりの観光客がみんな「10えん」「10えん」と言っているのが愉快だった。

2006030705

満足してバスに。
バスはこれから、聞いたこともない貴金属の工房に行くという。着いたら着いたであやしげな建物のあやしげな一室に入れられておかしな洗脳トーク。ああ。催眠商法。これだ。旅の目的はこれだ。
妙ちきりんな説明を聞きながら母とうつむいて「うさんくさい」「うさんくさい」と口でぱくぱく会話。確かに女のひとは宝石が好きだけれど、何十万円もするものをバスの旅のついでに買うものではない。出口のわかりにくい部屋に閉じ込められて、必死に売りつけられるものでもないのだ。

何年か前に山梨県の水晶の工房で、まんまる水晶を売りつけられそうになった妻は「占いはやりません」の一点張りで切り抜けたので今回は満面の笑みで速やかに脱出。建物の中は完全一方通行。世の中はこわい。でも総じて愉快。

購買意欲の自由についてぼそぼそと母と語りながら旅おわり。

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2006年2月22日 (水)

みちのおく旅日記

2006022139

母が、東北でも旅しないかと言う。
妻は常々東北地方に憧れを抱いており、いつか行きたいとずっと思っていたので飛び上がらんばかりに喜んだのだけれども、聞けばバスの旅だと。ぞろぞろと。旗の後ろをついていくアレか。以下、母との会話。
ええー。バスはやだなあ。でも雪があるから個人での旅行は難しいよ。雪あるの?あるよ。たくさんあるの?もちろんあるよ。あれは?ずんだ餅は?うん食べようね。こけしは?うん買おう。ねぶたは?あれは夏よ。わんこそば。うんきっと食べられるよ。なまはげは?うん。居るかもよ。えっ。なまはげ居るの?それならば。

そんなわけで。母と妻はみちのくバスの旅をすることになったのだった。

2006022149仙台空港までは、飛行機。
なんと3日前に開港したばかりの神戸空港を利用するらしいのだった。当日はそれぞれに家を出て、空港で待ち合わせることに。しかしながら新しすぎてどちらも初めての空港なものだから場所の見当がさっぱりつかず、ど、どこに居たらいいの?と前日からまごつくはめに。


2006022138

「地方空港」然とした神戸空港は、思ったよりも小さくて新しくてぴかぴかで、そしてちょっと考えられないくらいのひとが居た。みんな神戸に新しく出来た空港を見学にきているのだった。すごいね。
警備員や兵庫県警の方々がびしっと等間隔に並んでいて、「そこで立ち止まらないでください」とか「エレベーターは使えません」とか言っている。空っぽのトランクをがろがろと転がしながら、居場所もなくさまよい母と合流。

チケットを引き換えていざ飛行機。
「展望デッキ」にはぎっしりとひとびと。こんなに見守られながら飛び立つことはあまり無い。


2006022136飛行機はひとまず日本海に抜けて飛ぶ。
神戸はくもり空だったのに北上するにつれ晴天に。はるか上には飛行機雲があって、地上に雲の影が出来ている。とても素敵。妻は備え付けの日本地図と窓を交互に睨みながら海岸線の形を見比べ、現在はどこを通っているのかを必死で見ている。


2006022137空港で購入した缶のビール。母が「神戸空港って書いてあるよ!」と買ってくれたのだった。母は妻にお酒をのませていれば良いと思っているふしがあるけれど、旅の醍醐味としてはあながち間違いでもない。案の定妻は喜んで、おむすび弁当を広げてビールを開けると気圧の関係で泡がブシー!となっておおわらわ。


2006022135

空の上でそんなばかなことをしているうちに、飛行機は雪山の上を飛ぶ。
妻はこんな素敵な風景を初めて見たよ。母とふたり、到着前からすっかり満足。

満面の笑みでおむすびを食べているとアナウンス。当機は間もなく仙台空港に着陸いたします。神戸から仙台まではなんと1時間で着くのだ。おかあさん。おむすび。のみこめ!

2006022134

おむすびを丸呑みした母と妻。無事に仙台空港に降り立つ。
妻は北海道をのぞいて栃木県より上の本州には行ったことがないので東北初上陸。着いてびっくり雪がない。あと暖かい。

実は前日に旅行会社のひとからりんりんと電話が掛かってきて、「現地はマイナス10℃にもなろうかという勢いなので服装に気をつけてくださいね」と言われて恐れおののいていたのだけれど、実際は8℃なのだった。セーターの下にあったかシャツを着込んだ一団は、完全なる勇み足で汗まみれ。

2006022131

空港に旗持ったバスガイドさんが笑顔で待っている。30人ほどの老若男女、ぞろぞろとバスに乗車。
さっそく始まるごあいさつ。バスガイドさんは、小さくて明るくて話が上手でとってもかわいい。会話に秋田弁をまじえながらバスは北上。

ところで妻は旅行会社にあらかじめ「くつの滑り止め」を注文していたのだった。添乗員さんからハイと受け取り。
ゴムのバンドに金属の突起がついていて、くつの上からびしっと装着すればノンスリップ!だそうなのだった。これは魅力的。実に画期的。

2006022133

バスガイドさんの話によれば。バスはこのまま寄り道もせずに東北自動車道をひたすら走り続け、青森県まで行く言う。仙台から青森県の南の端まで、およそ5時間。ご…5時間。添乗員さん。この旅の行程はいったいなんなの。
はからずも、丸一日移動に費やす旅だった。

途中「前沢サービスエリア」で休憩。集合時間は12分後。バスを降りたら足元に白うさぎが居たのでびっくりした。

2006022132

前沢といえば「前沢牛」。
旅の醍醐味は買い食いなので、ひと串購入。お値段1000えん。さっそく満喫B級グルメ。帰ってから夫に「前沢牛を食べたよ」と報告ができる。しかも嘘じゃない。

注文してから焼いてくれたので休憩時間の12分間はあっという間に過ぎ、転がり込むようにバスへ。
だんだん雪が現れてきたよ。

2006022130バスに揺られておしりも指先もしびれてきてとっぷり日も暮れた頃、ようやく今夜の宿がある「十和田湖畔温泉」に到着。なんにもしていないのにすでに疲労。しかしお楽しみはこれからなのだった。



2006022129

おいしいごはんを電光石火の勢いで食べたのち、十和田湖のほとりで行われている「十和田湖冬物語」というイベントに母とふたりでぶらぶら出掛ける。
名前はややアレだけれども、かまくらや雪像が展示してあったりして「東北ひとりじめ!」というかんじの催しものなのだそうだ。件の「滑り止め」をばっちりくつに装着し、ばりばりに凍った雪道をギュウギュウと変な音をさせながら闊歩。うん。滑らない。とても良い。

2006022128

雪を固めて作られた特設ステージでは、「津軽三味線」の演奏をしている。力強くべんべんべんと素敵。お客さんもほどよく来ていて適度に賑やか。
司会のおねえさんが「今の気温は0℃なので、あったかいですね」と言っていた。たしかにじっとしていると足は寒いけれどもわりと平気。0℃なら、妻もよく知っている。
イベント期間中の平均気温はマイナス8℃なのだそうだった。先日はマイナス14℃で、あまりの寒さにみんな帰っちゃったのだそうだった。三味線も凍って、弦がパイーンと弾けるのではないか。

2006022127

ステージがおどろおどろした雰囲気になるや否や、「ぬぁー!」という声とともになまはげさん登場。わあ。なまはげさーん。妻はステージ前にダッシュ。

母は、秋田で本物の「なまはげ問答」を見た際にものすごく怖い思いをしたらしくなまはげさんにはトラウマが。妻とは対照的にさりげなく避難。

なまはげさんは人間の「なまけた心」を剥ぐ鬼で、帳面と魔除けの包丁片手に家にやってきて「おばんでやんす!」とスパーンとドアを開け、家のひとが用意したごちそうの前に座って家人と話したあと、「泣く子はいねえが」などと暴れ回ってお土産にお餅をもらって、「また来年も来る」と言ってスタスタと帰っていくのだそうだ。素敵な鬼だ。妻は会いたかった。

2006022126

ステージから降りたなまはげさん。妻の目の前に。
なまはげさんは小さな子どもを見つけるともれなく脅かしてわんわんに泣かせ、わりと満足した風に帰って行った。秋田県の男鹿半島に居る本物のなまはげさんは見れなかったけれども妻は満足。

2006022121ステージに作られたなまはげさんの雪像は、陸上自衛隊のひとがせっせと作ってくれたらしかった。札幌の雪祭りも然り、雪国の自衛隊のひとはアートな心も持っていないといけない。

そのあとも「ねぶたの跳人」の踊りを習って跳ねたり踊ったりしてラッセーラッセーと東北の名物をなんでもかんでも満喫。


2006022125

冬の花火。
ものすごい近さで打ち上げられる花火に全員が全員上を向いて口をあけて見ていたものだから、終わったあとはみんな首がポキポキだった。

2006022123

母は雪上車に乗りたがる。
自慢のキャタピラーでもって、どんな雪道でもがんがん走る雪上車。車の中にはマイクかなにかがついていて、外のスピーカーから乗ったひとの悲鳴やら笑い声やらが会場中にこだま。さも楽しげに。商売上手。

2006022122

乗り込むと一番前だった。起伏のある道を雪上車は果敢に走る。運転手のおにいさんは演出として乱暴にハンドルをさばき、急にがーんと曲がったりどーんと落ちたりするので我々はがくがくと揺さぶられながら、あらんかぎりの悲鳴と爆笑を会場中に響かせて楽しむ。

雪上車を降りると「乗り場」には順番待ちの列が出来ていた。きっと3人ぐらいは妻と母の悲鳴で「乗ってみるか」という気分になっているはずだ。

2006022119

力いっぱい遊んで宿に戻る。
ロビーに大きな「ねぶた」が置いてあった。これらを引っ張って街中を練り歩くらしい。どこかで「ねぶた祭」は「凄みのあるエレクトリカルパレード」だという話を聞いたことがあるけれど。なるほど確かにだ。

2006022120売店で買ったりんごジュース。「JA」と書いてあるので、愛媛県の「ポンジュース」みたいなものか。違いはえらいこと迫力のある絵が描いてあること。
でもおいしい。母は箱ごと買っていた。おみやげに。



2006022148おみやげシリーズ。
青森といえば「ねぶた」で「りんご」なのでそれらを組み合わせるとこういったかんじの商品になる。「ラング・ド・シャ」という軽やかな響きと凄みのある顔があいまって、ドシャー!といった雰囲気。おみやげは楽しい。


2006022124

翌朝は早起きをしてあたりを散歩。
昨夜十和田湖畔でさんざん遊んだのにそばに湖の気配があまりしなかったのだった。ごちごちに凍った地面をギュウギュウと踏みしめて歩く。
雲ひとつない空に白い月が浮かんで、山は朝日を受けて染まる。空気は澄んでいて静かで母と妻はとても幸せ。

2006022118

湖の一部はばきばきと凍っていた。
氷の上を「かも」が歩いている。妻はこんな風景を初めて見たよ。
顔は冷たいけれどさほど寒くはないねと話していたら、マイナス5℃だった。すごい。さすがにマイナス5℃を妻は知らない。

湖畔には高村光太郎の作品だというブロンズ像の「乙女の像」(裸の女性ふたりが向かいあわせで手を合わせている)があるらしかった。しかし時間が無くて見学をあきらめ。
閉まったままの売店には「名物 乙女の餅」という看板が掲げられていた。

餅にしてしまうのは、どうかと思う。

2006022117

昨日のイベント会場を見ながら宿に戻る。
誰もいないひろびろとしたところに「トトロ」がぽつねんとたたずむ。

朝ごはんを急いで食べてバスに乗る。団体行動はこのあたりがつらい。お米がおいしかった。妻はおかわりがしたかったのだ。

2006022116

バスは湖をぐるりと回って「奥入瀬渓流」に向かう。車の中から雪深い渓谷を見学。たくさんある滝がことごとく凍っていてとても神秘的。
妻は朝から「きれいだあー」しか言ってない。でも心からのさけび。

2006022115

バスは南下を開始。岩手県の「南部鉄」の工房に向かう。
夫と妻は常々「ひとつは欲しいよね。南部鉄器」と言い合っていたのでとても楽しみにしていた。あの、ぶんぶく茶釜然とした形状。しかも鉄。
へえ素敵。と思って手にした鉄瓶が26万円だった。にじゅ…。そっと手を離す。手ごろでかわいい小さな南部鉄の急須と湯のみを購入。母は「なすび」の形をした鉄のかたまり(やかんに入れるとミネラル補給!)をたくさん買っていた。おみやげにするのだそうだ。でもすごい。重い。

2006022112

秋田に入り、田沢湖へ。
田沢湖は水深423メートルもある日本一深い湖なのだそうだった。昔、「たつこ」という女性が永遠の若さと美しさを願ったばっかりに神様に龍にされてしまって、悲しみに暮れた「たつこ」は田沢湖に沈んで龍神さまになったとかならなかったとかいう話があるという。
そんな。「世界をじぶんのものに」などのびっくりするほどの悪いことを願ったわけでもないのに「たつこ」はいきなり龍にされてしまって神様もずいぶんなことをなさる。この話の教訓はどこだ。

2006022144そのへんのレストハウスで昼食だそうだった。
あらかじめ予約できた「なんとか御膳」という昼ごはんを妻はいやがって予約しなかったので、あたたかいものでも食べようとラーメンをお願いするとものすごいまずいものが出てきたので写真をこんなに小さくしてやった。


2006022145やることないのでおみやげ探し。
「両面なまはげ5号」という名前の、おっかない飾りが売られていたので妻は喜んで母に見せ、「母さん、両面なまはげ5号なのよ」と言うと母は固まって「買うのそれ…」とちょっとぼうぜんとした。「どこに飾るの…」とも言っていた。妻も我に返る。気の迷いはよくない。


2006022113

ご当地「キティ」までもなまはげさんになっていた。
いったいなまはげさんは恐ろしい存在で売り出し中なのか愛らしくいきたいのかそのへんがわりと疑問。

2006022114

母、「雪ん子」になる。
かまくらにはなまはげさんののれん。
焼いたお餅と甘酒をもらった。

2006022110

田沢湖を離れて「角館(かくのだて)」へ。
角館はしだれ桜の名所で、武家屋敷が立ち並ぶ「みちのくの小京都」と呼ばれているところ。上級武士が住んでいた家を見学できるのだそうだ。添乗員さんからチケットを買っていざ。武家屋敷。

ところが武家屋敷見学の時間は午後4時で終了だと、入り口のおねえさんが言うのだ。現在午後4時5分。て、添乗員さん…。


2006022111慌てた添乗員さん。力技で武家屋敷のひとを説得し、なんとか入れてもらえる。
「ゆっくり見ていただいて構わないですから!」と添乗員さんは言うけれどそういうわけにもいかず、広い敷地内をめったやたらと早足。それでも幕末の貴重な写真や刀などを見て心が躍る。
庭に、「解体新書」の挿絵を描いた「小田野直武」の像の首から下が埋まってた。雪深いと必ずこういうことになる。


2006022109

営業時間が冬時間ということで、どこもかしこも閉まっていて歩いているひとももう居ない。桜の頃にはたいへんな賑わいをみせるというみちのくの小京都。母とふたりでしばらく突っ立ったあと、すごすごとバスに戻る。