
13日のこと。
母からの誘いでまたバスに乗った妻。目指すのは長野県の諏訪湖。
家から集合場所まで電車で40分。そして微妙に早朝。早い時間帯の電車はあまり無いのでJRの「おでかけネット」で事前に調べると、
1.途中の駅からなぜか新幹線に乗り換え
2.始発に乗って集合時間の1時間半も前に到着
3.前日の最終電車で途中の駅まで行き、ホームで225分待つ
という、なんかもういろいろとおかしい三つの方法があることがわかった。ちょっとひどい。特に最後のやつがひどい。
考える余地も無く2番目の手段を選び、ハトしか居ない公園でえんえんと母の到着を待つ旅のはじまり。

兵庫県から長野県までは遠い。お昼ごはんをはさみながら休み休みで7時間。全員帽子をかぶったおじいさんおばあさんであるバスに乗り合わせたひとびとの中で、妻は明らかに浮いている。多分最年少。そしてその次に若いのはきっと母。
最初の目的地は飯田市にある「元善光寺」
ここにあったご本尊を長野市の「善光寺」に移したので、「元」善光寺。元、善光寺だったら、今の名前はなになのか。

駐車場の前の売店にはおかしなソフトクリームが売られている。ずいぶん豪勢なかんじ。境内にも「歩行・走行・寝ころんでの喫煙禁止!」という立て札があったりして、どこかしら変わっている。境内では、あまり寝ない。そして走りながら煙草は吸わない。
本堂の地下にある細くて曲がりくねった真っ暗な道を辿り、その道のどこかにある鉄の錠前を暗闇の中で触ることが出来ると極楽浄土往きが約束される「戒壇巡り」というのがあったのでもちろんやる。
地下はあまりにも暗く、細いので地下へ続く階段の前ではひとびとがだんご。「お前行け」「先に行け」という雰囲気が漂っていたので妻は勇ましく先頭切って入る。続く母。それに続くおばあさんたち。
中はひんやりと闇で、道の先も、目の前に何があるのかもまったくわからない。両手を壁につけてそろそろと伝い歩き。基本的にそこを抜けるまでは声を出してはいけないそうなのだけれども、おばあさんたちはそんなもん知ったこっちゃないというかんじでワーとかギャーとかまるで肝試しの態に。妻も妻で後戻り出来ないこの状況でなんとか錠前を探さなくてはならず、それでも見えないので必死で壁を手探って錠前であるわけもない通気口みたいなものを「これか」「これか?」とやっており、母は母で怖がって妻の服の裾をしっかりと握って離さないので妻の服はべろべろに伸びた。
なんとかかんとか錠前に触り、すり足で出口へ。

またバスに揺られて「諏訪大社(上社)」へ。
7年に一度行われる「御柱(おんばしら)祭」では、10トン以上の重さの大木を25キロ離れた山の中から人間の力だけでこの「諏訪大社」まで運んでくるのだそうだ。丸太にまたがった男性たちが山の急斜面を滑り降りて放り出されてごろごろ転がっていく映像を、妻はテレビで見たことがある。
前々回の「御柱祭」で転がしてきたもみの木がどーんと立ててあった。後ろを見ると引き摺った跡。なるほど奇祭。古い御柱はこんこんと小さく切られてお守りや表札や、お箸になったりもするとバスガイドさんが言っていた。お箸。まさか25キロの距離をエンヤコラと持ってきた木がお箸に。

諏訪湖へ到着。
諏訪湖は一番深いところでも水深が7メートルほどしかないとても浅い湖なのだそうだった。
ガイドさんは到着直前に妙にハキハキと「諏訪湖は実は日本一水質の悪い湖なんですよ!」と言い放って期待に胸ふくらんでいたバスの乗客のテンションを一気に下げた。
諏訪湖にはスワンボートがこれでもかというほど浮かんでいる。なんというか、とてものん気で素敵。
宿は下諏訪温泉。大ごちそうを目の前に、歯痛になってから控えていたビールをがぶがぶとのみ、揚げたてのわかさぎの天ぷらも呑む。いまだしっかり噛めず。
酔っ払って母とおおらかな気持ちで就寝。

翌朝。
長野県の飯田市のあたりから「りんご畑」がたくさん。今の時期はそれらが小さな実をつけていてとてもかわいい。なんとか写真を撮りたいなあと思っていたのにりんごの木の前を無常にもバスは素通り。宿の近くで見つけた木に実がなっていたので喜んでカメラを構えるとなんか変。りんごはこんなにふさふさしているか。形もいびつ。首を傾げながらシャッターを切ったがあとで妻が一生懸命カメラに収めていたこれは「かりんの木」だということがわかった。
本日快晴。目指すのは霧が峰。車山のビーナスライン。霧が峰だなんて妻はエアコンの名前ぐらいしか知らなかった。
昔、父が訪れた時は諏訪湖から発生した霧でもって1メートル先の景色も真っ白でなんにも見えずまさに霧が峰。ただの白いところ。といった風情だったそうだけれども、今日は期待が持てます。

どんどんと坂を登ってカーブを曲がると木がなくなり、突然青空と高原。バスの中はわっと歓声が上がって全員が全員窓に一斉にへばりついた。
はるか遠くに八ヶ岳、南アルプスあと富士山。「ニッコウキスゲ」という黄色い花も咲いていて、なんて素敵。ものすごく素敵。

温度というものは標高100メートルごとに0.6℃下がるらしく、眩しいほどに晴れているのにとても涼しい。
さらにここから車山のてっぺんまでリフトで行けるという。母とふたり、バスを飛び出してチケット売り場へ猛ダッシュ。

足をぷらぷらさせながらリフト。あまりの景色を前に、妻も母も貧困な語彙しか持ち合わせておらずただただ「良いね」「良い」としか言えない。ともかく幸せ。

車山の山頂は標高1925メートル。ここに巨大な気象レーダーがぽつんと建っている。

このようにして妻は山の上にいる間じゅう興奮し続け、景色を眺めては撮り、「母とレーダー」「母とリフト」「母とニッコウキスゲ」「母と山頂」などを激写しまくりわあわあやっていたら戻りのリフトの上でカメラのバッテリーが切れた。実際撮りすぎた。

ふたたびバスに乗り「白樺湖」。
小さな湖の周辺に白樺の木がたくさんあってレジャー施設などが充実。夏休みはとても賑わうという白樺湖。でも今はちょっとわびしい風情。
なんでも「白樺湖」は農業用水をためておくための人工湖で、昔は「大池」という名前だったそうだ。大池。ものすごく普通。
高原といえばソフトクリーム。
売店に行ってメニューを見ると「ニッコウキスゲあじ」のソフトクリームがあった。ニッコウキスゲ味…。妻は前に「あじさい味」のソフトクリームを食べたことがあるけれど、なによりもまず「あじさいの味」がわからなかったのでそれ以来花のソフトクリームには手を出すまいと決めている。食べるのは牛乳ソフトクリーム。

まだお昼過ぎなのにもう帰る。だって7時間もあるのだ。
バスでは映画のビデオ2本立て。狭いシートに腰骨をぼきぼきにされて旅終わり。