
祖母がひとり暮らしている四国に、母と様子を見に行く旅路。
四国と祖母が妻を呼ぶ。週間天気予報はずっと晴れ。日焼け対策として、いかさないアームカバーをばっちり装着して車を運転。
愛媛県のサービスエリアでは、おなじみ「タルト」さんのステッカーが床にたくさん貼られている。それをみんなが踏みしだいて歩き、タルトちょっとかわいそう。

これからの季節に忘れてはいけないのは日焼け防止と虫除け。
なにしろ祖母の家は「家の中でありながら外」みたいな風情があるので毎年見たことの無いような虫にたくさん出会うのだった。妻はなにより虫がこわいのでこの「ぶた」を持参。祖母の家に着くなり電源を入れたがたいした慰めにもならず。虫は普通に飛んでいる。
猫はとっても元気。
猫にとって妻はおそらく、会うたびに銀色のカメラ片手ににじり寄って来るたいへん迷惑な人間だと思われている。今回もどたどたとやってきて「やあやあ」と言いながら鼻先にレンズを突きつけ(近い)、何度も響かせるシャッター音。猫は律儀に流し目をくれる。

翌日は掃除。
しかし祖母は母や妻が掃除ばかりしていると拗ねるので(物を捨てるとけんけんと怒る)、どちらかが注意を引きつけておいてもう一方が作業。というコンビネーション技を繰り返すことになる。本日は妻がこたつ布団を洗濯している間に母が祖母の服を褒め、交代して母が冷蔵庫に眠る液状化した豆を捨てている間に妻が話を聞いたり、浪々と歌う祖母に手拍子を打ったり踊ったりする。

そんな祖母の話。
近所のキヨちゃん(おそらく祖母のお友達)が「むささび」を飼っているんじゃ。と祖母が言うので妻は感心。それは珍しいね。なにかな?そのキヨちゃんちの「むささび」は飛ぶのかな?などとノリノリで問うと祖母はハキハキと「むささびは飛ばないぜ」と言ったのだった。むささびは飛ぶよばあちゃん。
それから話を続けるもどうにも噛みあわず、「ばあちゃんそれは本当にむささび?」と聞くと祖母は首を傾げて「まことにむささびか…?」と言った。疑問はそこからか、ばあちゃん。「モモンガ」とか「りす」とか、いくつかそれらしいものを挙げてみたけれども祖母にはぴんとこず、結局キヨちゃんちの動物はわからずじまいに終わりそうになった瞬間、祖母は「つがいで籠に入れておいたら爆発的に増えたんじゃ」と言った。ああ。ばあちゃん、それは「ハムスター」。
どこからどうなって「むささび」に。
山奥でお墓参りをしたり、街に出て銭湯に行ったりして帰るともう夕方。
祖母の家の目の前にある小さな川には蛍がたくさん居て、暗くなる頃に一斉に飛ぶのだった。
今まで生きてきた中で妻の「ほたる運」はなかなかに悪く、「ほたる狩り」なんかに行ってもちっとも飛んでなかったりしたので、こんなにたくさんの蛍が飛び交うさまをあっさり見られて大びっくり。しかし蛍だって虫なので、やっぱりおっかないのだけれども暗闇に舞う光はとてもきれい。
勇んでカメラとビデオカメラを構えてなんとか撮影しようと悪戦苦闘したものの、どう頑張っても良いかんじには撮れず、カメラに翻弄されてかんじんの蛍をまったく見ていないことに気付いて観賞に専念。
蛍は危機管理が甘く、簡単に寄ってきて簡単に祖母に捕まえられていた。
祖母と母は「昔は蛍を捕まえたら虫かご代わりに『ねぎ』の筒の中に入れてたよねえ」などと言って盛り上がり、庭の「ねぎ」をちぎってその中に蛍を入れた。淡く光る「ねぎ」。なんというか、ちょっとひどい。

もう寝る。
電気を消して布団にもぐりこんで目を閉じ、しばらくしてから目を開けると部屋の中で蛍が2匹も飛んでいたのでたまげた。この蛍の危機管理の甘さ。
うっとりしているうちに持参した「アースノーマット」でもって蛍が弱ってしまうと困るので必死で捕まえ、外に逃がす。

翌日は祖母を連れて明浜(あけはま)までドライブ。
明浜はリアス式海岸の美しい風光明媚な港湾で、急斜面につくられた段々畑にはみかん。海では真珠、ちりめん、鯛が採れる素敵なところ。天気も良くて、祖母もご機嫌。

海水を利用した「塩風呂」に浸かる。露天では目の前に宇和海が見えて旅情爆発。海水の浮力で、脚がゆらゆらと浮く。
のぼせた祖母が「熱いぜ」と言いながら湯から上がり、全裸で柵の前に仁王立ち。ばあちゃん、外から見える見える。

お昼はこのあたりの郷土料理である「ひゅうが飯」。
鯛のお刺身を卵の出汁に漬け込み、もみ海苔と胡麻、ねぎを散らしてそれを炊きたてごはんにかけていただきます。夢のようにおいしい。ごはんが足りません。分厚く豪快に切られた新鮮な鯛のお刺身もどーんと出てきて祖母も母も妻も大満足。
妻は「夫タカマルも来れたら良かったのにな」と思い、母は「父さんはお刺身が好きなのにな」と思い、祖母は「じいさんも生きてたら良かったのに」と思った。おいしいものを食べた時に思うことはまるで同じ。

腹ごなしに海辺を散歩。
陽射しは強いものの潮風は爽やかに、砂浜は白く、沖には漁船。「ばあちゃん、きれいねえ」と呟いて振り返ると祖母は石の階段に腰かけて落ちていたボールペンを拾っていた。ばあちゃん。海見ようよ。海を。「…あ!まだ書けるぜ!」
海そっちのけの婆。

帰りは海沿い。いくつかの漁村を通過しながら、細い道のカーブの先に居るか居ないかの対向車に怯えながら運転。
休憩がてらコンビニでアイス。半分祖母にあげると祖母はチューと吸い、「これはうまいぜ」と言った。妻が微笑んで「パピコよ」とアイスの名前を教えると祖母は「ポテコ?」と言った。ポテコは実在するけれども違った。「パピコよばあちゃん」「パピプペポ」惜し…くない。文字数も増えている。

家に戻ると洗濯物は乾いていて、玄関先で猫が待っていた。
今夜は猫を抱えて一緒に蛍を観賞。
猫はしまいめに迷惑そうにひとつ鳴いてから妻の鳩尾を脚で蹴って、しなやかに降りて逃げた。

翌日は帰ります。
ばあちゃんまた来ます。今度はきっと、暑い暑い夏のさなかに。
母と枇杷を食べ食べ高速道路を通って帰っておわり。