もっともっと四国旅日記

毎週毎週、どこか行く。
車に母を乗せて、四国でひとり暮らす祖母の家に。
ここのところ、とても暖かい日が続いていたのでうっかり春の装いで出かけたらなんだか寒い。

祖母も、猫も元気だった。
到着するや否や母、かばんの奥から木の枝をにゅっと出し、「これ、アレよ」とにやりと笑った。おかあさんそれはまさか、またたび。
先日母が遊びに出かけた先の「道の駅」にご自由にお取りください、と書かれたまたたびの棒っきれがたくさんあったのだそうだ。
猫にまたたび。実際に目にするのは初めてなので祖母も母も妻も、猫よりも興奮気味。
果たして猫は、我々の予想通りにまたたびの木に飛びついてしばらくじゃれていたけれど、ものの2分もしないうちに飽きてしまったのだった。あれ。もういいの。酔っ払ったりしないの。
やや肩透かしの気分でほったらかしにされたまたたびの枝を拾い、猫に近づけて「ほい」「ほい」とやっていると、猫はうるさがって顔の前に突きつけられたまたたびの枝を猫パンチ。
枝は、すごい勢いで部屋のすみに飛んでった。

翌日は、とても寒い。
一昨日は18℃もあったのに本日の最高気温5℃。三寒四温にもほどが。
本日は荒れ果てた祖母の家のお掃除と、お墓参り。
祖母は机の上に置いてあった、おそらく祖母本人が拾ってきたであろう小さくてすべすべのえんじ色の石(見るからに石)を見て「これはなんじゃろう」と言い、歯でカッと確認して「石じゃった」とか言っている。ばあちゃん食べないで。

そういえば祖母は、先日高松でやっている「ナポレオン展」に連れて行ってもらったのだそうだった。祖母はきっとあんまり詳しくないはずなのに、「まっこと良いぜ、ボナパルト」と言い、「おみやげじゃ」と金の額縁に入ったこの有名すぎる絵を、ふたつも買ってきて妻にくれた。あと同じ絵のポストカードと、クリアファイル。ありがとうばあちゃん。でも、どこに飾れば良いのやら非常に悩む。

なにかのはずみで奈良の話になる。
すると今まで猫と遊んでいた祖母がぱっと顔を上げ、やおら
「七代七十余年の間、帝都として栄えし奈良の都も色移り香失せて、時既に久しく、今はただ、畿内の一都市としてあるのみ。
然れども、春日の社塔、山の緑に映えて、東大寺の金銅天空高くそびえ、五条三尺の大仏、一千二百年の面影を残せり」
と真顔で言ったので妻と母は本当にびっくりした。念仏。「ばあちゃんなにそれ」と言うと祖母は「小学校で、こう習ったんじゃ」としれっと言った。祖母は昨日のことはすっぱり忘れるのが得意なのに、80年も前のことは平気で覚えている。
妻はその祖母の物言いがとても気に入ったので、もう一回言ってもらってこりこりとメモに忠実に書いた。

次の朝起きたら雪が降っていた。
ぼたぼたのぼたん雪だったけれど、どんどん積もる。祖母を乗せて、どこかに遊びに行こうと早起きしたのにどうにもならない。
半ばあきらめ、掃除をしたり祖母の趣味である模様替え(祖母はひとりでベッドをも動かす)を手伝ったりしていると午前10時に雪がやんだのだった。

四国の西の端にぺろっと出ている日本一長い半島。「佐田岬」。
妻は、ずいぶん昔に兄とこの佐田岬半島の先端を見るべく勇んで出掛け、思ったよりも遠かったので途中で挫折して帰ってきた過去を持つ。でも今は、遠い気がしない。
祖母と母を車に乗っけて出発。するとやんでいた雪がふたたび降り出して外は風をともなって猛吹雪。
佐田岬はとても細くて長い半島で、道を走ると左に「宇和海」右に「伊予灘」を同時に見ることができるという、めずらしいところ。
半島に入ってすぐの「道の駅」で、揚げたての「じゃこ天」を買い食い。

このあたりは「風のまち」という公式キャッチフレーズがついているのだけれど、風にもほどがあるだろうと言うぐらいものすごい風だった。車から出た途端に、祖母がよろめいて「ひゃあー」と言った。あぶない。

道の駅には、大きな水槽があった。
水槽の真ん中に穴があいていて、そこから手を入れて魚とふれあうことができるという。すごい。なんでどうなっているの?
「魚のえさ100えん」と書かれてあったのでもちろん購入。小さなカップに入った「えび」をもらった。
穴に手を入れ、持っていたえびを散らすと「みのかさご」さんがわーっとやってきてえびを吸い込むように食べた。とても楽しい。
愉快な気持ちでえびをやっていたらそれを見ていたスーツを着た男性が、妻に「みのかさごは毒があるので触ってはいけませんよ」と言ったのだった。そんな。「ふれあい水槽」だと、書いてあるのに。

細い道をひたすら走って四国でもっとも西にある、駐車場。
ここから灯台まではこの道を登って下ってふたつ山を越えないといけない。片道2キロ。往復4キロ。
全員途方に暮れるものの、なんだかもう引っ込みがつかなくなっている。

意を決してハイキングスタート。妻はカメラとビデオカメラを持って、先を歩く母と祖母を撮影。「落ちたらいちころ」というかんじの崖の横を歩くふたりをモニターで見ながら、遭難しているみたいだと心から思う。
吹きすさぶ強風がビデオカメラのマイクに直撃し、あとで見たら佐田岬半島で撮影したテープにはすべてぼさぼさぼさー!という轟音が入っていた。

髪を振り乱してほうほうのていで灯台に到着。
灯台の向こうにはちょっとした展望台があって、素敵な風景を見れるのだけれども風が強すぎて一歩も前に進めず。
妻が行く。妻が、カメラで撮ってくる。灯台の白い壁に張りついた祖母と母を置いて果敢に前へ。本人は、滑稽にも大冒険しているつもり。

これが四国の一番西から見える風景。
すぐそこに、もう九州。見えるのは石仏の町、臼杵。
撮るだけ撮って風に押されて転がるように退散。
ぼさぼさの髪でなんとか車まで戻る途中、荒波の中「わかめ」を採っていたおばさんに出会い、「ここは夏に来るところだよ」と言われる。どうりで誰も居ない。
祖母が、「今まで生きてきてこんな強い風を受けたのははじめてだぜ」と言っていた。

帰りはのんびりと。
このへんではみかんの栽培が盛んで、段々畑にさまざまな種類のみかんの木が植わっている。道端に、普通にみかんがぽたぽたと落ちている光景は、愛媛県の他ではあまり無い。
潮風を受けたみかんは皮がうすくなり、甘くなるのだった。
無人販売所で売られていた「デコポン」と「清見タンゴール」をおみやげに買っていたら、その販売所にみかんを置きにきたおじさんが「これは商品にならんやつじゃけど、あげよう」と言って大きな袋にいっぱい入ったデコポンをくれた。地域的ふれあい。

おなかがすいて、午後5時に昼ごはん。
この海で採れた、釜揚げしらすとんぶり。とてもおいしくてぺろりと食べた。母は妻と同じものを。祖母は、お子様ランチ。なぜだ。
満足のドライブ。

翌朝は5時起床。
祖母にビデオテープと写真を送る約束をして帰る。次は風の無いところに行こう。
休憩で立ち寄ったサービスエリアで、夏目漱石が「坊ちゃんだんご」を持たされている宣伝ポップを見つけて吹き出す。今の世の中はなんでもできる。
ひとつの玉が手をグーにしたぐらいの大きさの、巨大な坊ちゃん団子も売られていた。

休憩の合間に夫にモーニングのコール。「おはようー」と話していたら、今愛媛県が売り出し中のキャラクター、「タルト」のTシャツが売られているのを見つけ、この「タルト」が大好きな妻は「ねえ。タルトのTシャツいらない?」と夫を誘惑。すると夫は電話口で微笑んで「うん。いらないよ」と言ったのだった。







和菓子屋さんで「桜餅」を買い食い。




いつも親切にしてくれる40歳前後の新聞屋さんがやってきて「引き続いての購読をお願いに参りました」と言うのでてっきりもうすぐ契約が切れるのかと思っていたら実は契約は来年の春まであるのだった。なんて気の早い。