車に「デジタルカメラ」と「ビデオカメラ」と「着替え」と「お風呂セット」を詰めたかばんと母を乗せ、向かうのは祖母の暮らす四国愛媛県。南予地方といわれるところ。
「毎月四国はちょっとすごいね」とか「この調子でいくとしまいには住民票が四国に移ってしまう」とか言いながらドライブ。曇天の四国。妻が四国に渡るとけっこうな確立で雨が降る。台風が来たりもする。
今回いつもとちがうのは、「帰りは車に祖母が乗っているかもしれない」ということだった。
先日祖母は電話で母に「たまにはそっちにも遊びに行きたいぜ」と言ったらしく、それを聞いた母は慌てて実家の空いた部屋に祖母が1週間ばかり快適に暮らせる部屋をこしらえたのだった。
しかし。いざ出かける段になったら婆特有の気まぐれでもってして「ん?そんなところには行かんぜよ?(にっこり)」とか無邪気に言いかねない祖母だということはもうわかっている。
出発から5時間後。日も暮れた頃に祖母の家到着。祖母は、例によって近所に出来たコンビニエンス・ストアのお弁当(それも秩序無くなんでもかんでも詰められたデラックスな幕の内550えん)を用意して待ってくれていた。ありがとう。さらに祖母は「それで足りなかったらこれも食え」と言って「いなり寿司」と「巻き寿司」と「おにぎり」も持ってきた。ああ。米ばかり。
3人で楽しくごはんを食べながら「ばあちゃん今回はこっちに遊びに来るんだよね」と言うと祖母はおにぎりを口いっぱいにほおばりながら「わしが?なんで?」とポカンとし、「そんな、急に言われても行けないぜ」と言ってのけたのだった。うん。やっぱりね。予想はできていたのでおとなしく「そう…」とだけ返事をして就寝。
しかし次の日、祖母は朝早くに帽子をかぶってぐうぐう寝ていた妻の枕元に立ち、「さあ、行くぜ!」と昨夜とは間逆のことを威勢良く言った。すごい。予想外。
そんなわけで祖母は妻の実家にしばらく行くことになった。
とは言え。帽子だけかぶったって留守にする準備が整うわけはないので妻と母は飛び起きて荒れ放題の祖母の家を掃除し、冷蔵庫の魔窟をなんとかし、祖母に何枚かの着替えを持たせ、お隣さんに猫とうさぎの世話をお願いして午前10時出発。
1日でとんぼ帰りもつまらないので徳島県に寄り道をします。
道中の祖母のたいくつしのぎになればと立ち寄ったサービス・エリアで演歌のテープを購入。「これならばあちゃんも知っていると思う」と言って母が選んだテープはなるほど名曲ぞろい。でも歌っているのは「美空ひばり」でもなんでもない全然知らない演歌歌手。おねだん1000円。
良かれと思って耳の遠い祖母にも聞こえるように大音量でテープをかけたがしかし「森進一(に似せたぜんぜん知らないひと)」が「おふくろさんよー」と熱唱しているにもかかわらず、祖母は我関せずといった風情で「ちーちーぱっぱーちーぱっぱー」とまったく関係ない曲を陽気に歌いだす始末。演歌作戦不発。
大音量の演歌と祖母のうたう大声の童謡が混ざり合うおかしな車は東へ。
「大歩危・小歩危」に到着。
ここは徳島の険しい山の奥にあって、吉野川の長年の激流でもって岩が削られてできた切り立った崖の深い深い渓谷。
昔から四国山脈を越えて高知に抜ける際には必ず通らなければいけないという難所で、「大きく歩いても小さく歩いてもあぶない」という意味で「大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)」と呼ばれるようになったのだと「舟くだり」のガイドのおじさんが言っていた。つまりもう、なにをどう歩いてもあぶないのだ。
紅葉にはまだ早かったけれども、川は深いみどりで美しく、鮎をねらった川鵜が水面近くを飛んだりしていて非常に風光明媚。
「ばあちゃん『老人ホームおおぼけ』というのがあるわよ」「わしゃ入るなら『こぼけ』ぐらいが良いのう」などと軽口をたたきながら四国特有の細い山道を通って西祖谷(いや)の「かずら橋」に。
このあたりは昔源氏との戦に破れた平家のひとびとが逃げてきて隠れてひっそりと暮らしていたらしく、村に唯一通じるつり橋を「しらくちかずら」という植物のつるで編んで作り、万一敵が追っかけてきたらこの「かずら橋」を刀かなにかでザサーンと切って橋もろとも源氏のひとたちをわーっと谷底に落として大勝利!というあんばいなのだそうだ。
現在はワイヤーで補強されているので橋ごと落ちる心配はないけども、なるほどどうしてよく揺れる。しかも足場(「はしご」みたいになっている)の間隔がべらぼうに適当で谷底が丸見えなのだった。
そんなことを知らない妻はのんきに右手にビデオカメラ、左手にデジタルカメラを持って祖母の姿でも撮ってやろうと思っていたものだから橋の上に乗った途端に困り果て、後ろにも前にも行くことが出来ずにたいへんおそろしい目にあったのだった。
妻がこわいなら84歳の祖母なんかはもっとで。
両手で「つた」を握りしめうまれたての小鹿のように震えながら30センチ以上間隔のあいている足場を探りさぐり一生懸命渡っていた。靴も落とさずに無事に渡り終え、感想を祖母に聞いてみたら「今年一番のおとろしさ(恐ろしさ)だったぜ…」と息も荒く言った。それでも。「なぜお金を払って(500円)までもこんな目に?」などという疑問をみじんも持たないところが祖母の良いところだと思う。
今夜は「日本三大秘境」であるという祖谷渓谷の、ものすごい険しい山の中腹にぽつんと一軒だけ建っている小さな宿、「ホテル祖谷温泉」に泊まる。
昔泊まったことがあるという母の話によると、ここは温泉が素晴らしいのだそうだ。
携帯電話の表示は「圏外」。まさに秘境。
ここの露天風呂は宿から約200メートルも下の谷底の川っぺりにあって、傾斜角42度の断崖を「ケーブルカー」に乗ってほぼ垂直に下る。しかも「ケーブルカー」は無人で、じぶんでドアを開けて乗り込み、「くだる」ボタンをビーと押してごとごとと発車。
なんでもかなり昔は「ケーブルカー」のような便利なものは無く、谷底の露天風呂まで歩いていたという。妻は湯上りに傾斜角42度の断崖をよじのぼっているおのれを想像してみた。ひどかった。いったいどんな罰を受けてそんな。
祖母にも「ばあちゃん。昔はここを歩いて温泉まで行っていたんだって」と教えてあげるとそれを聞いた祖母はしばらくなにかしら考えていたけれどもただ無言で首をふっただけだった。たぶん祖母も想像したのだと思う。
母の言ったとおりお湯は本当に素敵だった。
四国では珍しい源泉かけ流しの温泉で、やや白濁し炭酸を含んだお湯は少し硫黄のにおいがしてとろとろで温度は40度弱。いくらでも長湯ができる。妻はすっかり気に入ってしまい母とふたりして「やあ。これは」「これはこれは」などと感動していたけれども残念なことに祖母には不評。「ぬるいぜ」「寒いぜ」「もう出るぜ」の三拍子なのだった。やはり婆は熱めのお湯が好きか。
また「ケーブルカー」にどこどこ揺られて宿の中の展望風呂に入りなおし。それもまたよし。
晩ごはん。川魚中心の山奥ならではの料理。おいしい。
いつも四国では祖母の家の冷蔵庫整理のためろくでもないもの食べている(煮た刺身と栗まんじゅう…)妻。久しぶりのごちそうに浮かれる。
宿のひとが「岩塩」のかたまりと小さなおろしがねを持ってきて「これをがりがりと削って天ぷらにかけてくださいね」と言ったのをなぜだか母は喜び、祖母の天ぷらに「ばあちゃんホラこれお塩なのよ見て見て見て見て!」と言いながらがりがりがりがりがりがりがりとやり、祖母の天ぷらは塩まみれになった。母さん。かけすぎだ。
ごはんのあとはまたお湯につかり、なんと9時には全員寝てしまった。
翌朝は、部屋についているベランダに出て景色を眺めようとした祖母がぴかぴかに磨かれたガラス窓に気づかずに激突し、頭をぶっつけるバーン!という音で目覚める。ば。ばあちゃん。だいじょうぶ?
朝湯をいただきながら祖母に「今日は『剣山』にでも登ってみようか」と言うと祖母は大喜び。祖母は「剣山」に建っている「剣神社」が好きなのだそうだ。それは良かった。長い道のりゆえ早めに出発。
霊峰である剣山は四国で2番目に高い山で、1900メートルもある。例によって細い山道を車でのろのろと登っていると、右手に「かずら橋」出現。
ここの「かずら橋」は「二重かずら橋」といって間隔をあけてふたつの「かずら橋」がかかっている。前日行った「かずら橋」よりも趣がある上に山奥すぎて誰も居らず、妻はこちらのほうが気に入った。もちろん渡る。婆も渡る。
昨日さんざん大騒ぎしたにもかかわらず、今回はなぜかちっともこわくなかった。「デジタルカメラ」と「ビデオカメラ」を持って余裕で闊歩。「つる」にしがみついてこわごわ渡る祖母の姿もあますところ無く撮影。大満足。
「かずら橋」を2本越えた向こうに「野猿(やえん)」があった。
川の両岸にロープが渡されていて、それに小さな「やぐら」のようなものを吊っている。これに乗ってロープを引っ張りながらエンヤトットと渡るといういわば人力のロープウェイ。昔はつり橋がかけられる前に使われていた原始的な運搬手段だそうだ。妻は初めて見たよ。もちろん乗ってみるよ。
最初に祖母と母を乗せる。妻は記念撮影係。
妻が支えていた手を離すと同時に、祖母と母を乗せた「やぐら」はけっこうなスピードでびゅーんと飛ぶように滑ってあっという間に川の真ん中まで行ってしまった。そのさまが存外面白かったので妻はつい大声で笑い、撮影したビデオと山の中に妻の高笑いが響いてしまった。続いて妻も乗る。
川の中ほどまでは勝手に進むのでとても愉快なのだけれど、後半は実質「上り」になるためちからいっぱいロープを引っ張って移動しなければならず、なるほど原始的。「やぐら」と妻の体重でもってたいへん重く、肩がちぎれるかと思った。
しかし楽しかった。
ふたたび車を走らせて「剣神社」へ。「剣神社」は古くていかにも山の上の神社という風情だった。そしてひとがひとりも居なかった。神社のひとすら居なかった。「おみくじ自動販売機(20円)」によると現在の妻は「心を誠にし、身を慎んで勉強すれば嬉しいことがありましょう 小吉」だった。素敵だ。悪くない。
ここから「リフト」に乗って山のてっぺんあたりまで行ってみようと話していたのだけれども突然大雨が降ってきて一帯は雲でまっしろになってしまった。「リフト」がどこにあるのかすらわからずに断念。「素晴らしい景色」もなにもあったもんじゃなかったがこれもこれで神々しくてよろしい。満ち足りた気分で山を下りる。
山を越え、魅惑の香川県を通って帰る。どこもかしこも讃岐うどん。中には「カラオケアンドうどん」という看板のお店もあってなにがなんだかというかんじ。ああ。どうして妻は「道の駅」で「オムライス」なんかをおいしく食べてしまったのだろう。満腹半泣きで通過。さようなら四国。
無事に実家に到着。思ったよりもくたびれたのでそのまま一泊。翌日も祖母を車に乗せてそこいらへんの神社仏閣にご案内。
しかしそろそろ夫の待つ神戸に帰らねば。祖母にしばしのお別れを告げる。また来るよばあちゃん。玄関口で「剣山に連れて行ってくれてありがとうありがとう」と妻に何度もお礼をお礼を言っていた祖母はなにを思ったか突然「あっ。そうじゃ!」と言い、「ちょっと聞きたいんじゃが、『らっきー』ってどういう意味?」と言った。
妻はあまりの脈絡のなさに多少動揺しながらも「やったね!」とか「ついてるね!」というかんじの意味だよと教えて神戸に帰った。