四国にも行っていた。
愛媛県の田舎にひとり住む祖母の様子を見にゆく。もはやふた月に一回の恒例行事。今回は母とふたり。
8月28日
日曜日だったので実家には父がいた。
毎回仕事で四国に行かれない父は、娘である妻に「やあ。いつも悪いな」と労いの言葉をかけてくれたのだけれども。そんな父の着ているTシャツがへんだった。背中に「鬼太郎」なのだった。
びっくりして「おとうさんそのシャツは」と言うと父はハッハと笑って「良いだろう」と言ったのだった。ちょっと自慢げだったのだった。
そんなこんなで母を乗せて四国に向かって出発するのだった。
高速道をブーと運転して途中のサービスエリアで休憩。
売店の横に「ひょうたん」が植えられていたのが見えたので喜んで行ってみるとへんだった。大きく育ちすぎたのか重くて流れたのかなんなのか。ただただのーんと伸びていた。「くびれ」まるでなし。こんなの「ひょうたん」じゃない。
やっぱり祖母は近所に出来た「コンビニエンス・ストア」のお弁当を山ほど買って、妻たちが来るのを待っていた。相変わらずローソンのお弁当と、鯛のお刺身が「大ごちそう」だと思っている祖母だ。
しかし。買ってあったお刺身は昨日の日付だったので念のため「だし」で味をつけて鍋で炊く。祖母の家に来ると食のレベルがものすごいことになる。
祖母は料理が嫌いなのに食材を買うだけ買って置いておいて冷蔵庫を魔窟にする。あげく捨てようとすると怒る。
今回も冷蔵庫から出てきた「賞味期限を1週間も過ぎてごちごちに固まったコンビニのおむすび」を、「捨てる」「食べる」で母と婆との大攻防。困り果てた母が「でもこれ食べたらおなかこわすから」と言うと祖母は「じゃあ隣のキミ子さんにあげたら喜ぶじゃろうか」と言った。殺す気か。どなたかは存じませぬがキミ子さん。逃げて。(結局祖母はそのおむすびをきれいに食べた。もちろんおなかもこわさなかった。魔人だと思う。)
まだ食べ物のはなし。
祖母曰く、「もらった『とうもろこし』がうまくまかった」けれども「捨てるわけにもいかんぜ」と思ったので、「生の『とうもろこし』をすりつぶして粉にし」、「それに『たまご』と『メリケン粉』をまぜて焼いてみたんじゃけど」。という独創的なしろものを、「まあ食べてみんさいや」と半ば強引に口の中に押し込まれる。なんというか。絶望的に冷たく固い小麦粉の味。どこの民族の主食だ。とにかくなんの味付けもしていないのが致命的だった。祖母の家に来ると。食のレベルが本当にえらいことになる。試練。
猫も元気。
妻には無関心。相変わらずで。
祖母へのおみやげは例によって「養命酒」。あとキャラメルのおまけについていた小さな「一寸法師」の絵本。
ハイと渡すと祖母は喜び、部屋中をうろついたあとで「虫めがね」でもってその小さすぎる絵本を一生懸命読んでいた。悪いことをした。
今回からデジタルビデオカメラ登場。6年前の最新型。突然ひらめいて家から持ってきたのだった。これで元気に動く婆をあますところなく記録してみましょうというもくろみ。
カメラを回しながら祖母に近づいて「ばあちゃんこれはビデオカメラなのよ」と言うと祖母は手をぽんと打ち、「ははあ。それが」と感心した様子で「わしも買おうかと思っていたんぜ。それで電話もかけられるんじゃろう?」と言ったのでびっくりした。でんわ。さすがにそれは無理だばあちゃん。
29日。
朝から冷蔵庫の魔窟をなんとかするべく料理上手の母ががんばって作ったへんなごはんを食べ、同じく母ががんばってこしらえたへんなお弁当を詰めて祖母を車に乗せ、山の中にある温泉宿に湯を借りに行く。
「小藪温泉」は大正2年に建てられた今では珍しい木造の3階建ての宿で、ものすごくおんぼろで素晴らしい情緒があり、妻はもう大好きなのだった。
お湯もたいへん良い。
嬉しいことに誰もいなかったので3人で岩風呂につかってのんびりとし、タオルをぐるぐる巻きにしたビデオカメラまで持ち込んで湯につかる祖母を撮影。
それにしたって全裸でカメラを回すのはとてつもなく滑稽なことだ。
思うさま湯を満喫したあとふたたび車に乗り込み、山をふたつみっつ越えて「農場公園」まで行く。ソフトクリームはおいしく、広場はみどり。とんぼが飛んで、もうコスモスが咲いている。
ここでのんきに持参したお弁当を食べたあとぶらぶらと歩いていると「乳しぼり体験コーナー」という看板があったので見てみた先にはつくりものの「牛」が1頭ぽつねんとたたずむ。
つくりものの「牛」にはみずいろのホースがついていて、下のゴムでできたおっぱいに水が溜まるようになっていた。このゴムをギューとにぎると水が乳しぼりのようにピューと出てくるしくみ。祖母とかわりばんこでギューとして遊ぶ。ああ。なんか平和。

それからまた細い山道をくねくねと走って祖母の家に帰る。四国は本当に山が多い。車1台がやっと通れるようなけもの道(わだちができている)に堂々と「国道」とか書いてあったりするので初めて山道を走った時には気を失いそうになったものだけれども慣れとはこわいもので。何年も通ううちにすっかり当たり前になってしまった。
このへんの山奥に住むご老人は「松山市(都会)には車では行かれん(だって信号があるけん)」と思っていると聞いた。その気持ち。わからないでもない。
夜は本日妻がせっせと回したビデオカメラをテレビにつないで祖母に見せる。
「ばあちゃんこれはビデオカメラよ」と言ったところで「ビデオカメラ」がなんなのかもわかってなかった祖母なので、よもや突然テレビの画面にじぶんが出てくるとは思ってもみなかったらしく「なんじゃ!わしがおるぜ!」とびっくり仰天していた。主演、祖母。オール四国ロケでおおくりするビデオに大喜びの婆。もっと早く持って来たら良かったなあ。
しかし妻が日がな一日構えていたビデオカメラを、祖母はどうやら普通のカメラだと思っていたようでビデオカメラを祖母に向けると祖母は律儀に立ち止まってにっこりと笑い、微動だにしないことがよくあった。
30日。
翌日も朝から祖母を「金山出石寺」に連れて行く。ここは四国八十八箇所霊場の番外札所。今日も今日とて山の中。標高800メートル。あっと言う間に絶景。お寺は大きくてきれいで静かで涼しく、なぜだか今頃「あじさい」が咲いている。
敷地内には「ぼけ封じ」の観音さんもいた。祖母に向かって「ぜひとも封じてもらうと良いよ」と言うと祖母ははりきってお参り。賽銭箱があったので「ばあちゃん100円入れましょう」と言ったのに祖母ときたら「100円は本堂の賽銭箱に入れるんじゃ」と言って聞かず、1円玉をちょりんと放り込んだのであった。1えん!だめだ。間違いなくぼける。
山の上からはるか遠くに見える海などを眺めて「出石寺」を堪能したのち山を降りる。
道中祖母が「ベッドに腰かけて使えるぐらいの良いかんじのテーブルが欲しいんじゃが」と言い出したのでそのまま家具屋さんに行くことにする。テーブル。ものぐさな祖母はとうとうベッドのまわりだけですべてを済ます気でいるね。
家具屋さんでテーブルにもなりそうな良さげな可動式のワゴンを見つけたものの、組み立て家具だった。祖母がやけに熱心な目で妻を見つめるのでおそらくこれは妻が組み立てることになるのだろう。
それから今日はあまり情緒のない温泉につかって祖母の家に戻り、すぐさまワゴンを組み立て。
普通のひとのおよそ倍の時間をかけてワゴンを完成させ、ごろごろと祖母のところに持っていったら祖母はとても喜び、さっそくワゴンの下に「老眼鏡」や「豆菓子」や「ティッシュ箱」などを置いて試行錯誤していた。祖母がしあわせならば妻はそれで良い。
明日はもう帰るので最後の夜を楽しむべく、神戸から持参した「手持ち花火」をする。
祖母と母との3人で庭にろうそくを立てる。花火が火を吹いた瞬間、近くで行儀よく座って様子を見ていた猫が仰天してびょんと跳ね、脱兎のごとく逃げ出した。それはもうすごい勢いだったのでものすごく驚いたのだと思う。
かわいそうに猫は、花火のショックでひと晩帰ってこなかった。じつに悪いことをした。
31日。
朝の6時に祖母の家を去る。また来いすぐ来いと言う祖母に「撮ったビデオをダビングして送るからね」となぐさめる。また秋のさなかに参ります。
帰りの車の中で「ぼけ封じの観音さまにお願いしたのにねえ」とか「封じてもらえてないよねえ」とか「お賽銭1円だものねえ」とか母と言い合っておわる。