
11日。
旅は。空港行きのリムジンバスの中から始まる。
海外旅行の経験のない妻に夫は、「じつはこのバスは空港に着いたとたんに翼がジャーンと出てそのまま飛び立つしくみ」とか「ハワイの重力は日本の四分の一なんだよ」とか、妻がなんにも知らないと思って無茶苦茶言っている。
ハワイ。爺も婆も娘さんもお子さんもみんな大好きハワイ。「初めての海外がハワイ」だなんて絵に描いたような状況が愉快でたまらない妻だけれどせっかく行くのだから斜に構えてないでとことんハワイ的な目に遭いたいと思う。重力だって確かめたいと思う。

空港にてパスポートをいろんな窓口で見せまくり、無事に金属探知ゲートを抜けて晴れて出国ロビー。
搭乗手続きは出発の2時間前から。そのうえ余裕を持ってえらいこと早く出向いて「空港探検」などやっていたものだから飛行機に乗る前からすっかり疲労。しかし噂の「免税店」を見た瞬間にまた元気。入り口でお店のひとが「良いものをあげます」と言って「プレゼント引換券」をくれたので友人から頼まれていた化粧品を買い、件の引換券を渡して楽しみに待っていたらレジのひとは棚から黄色い箱の「森永キャラメル」をひと箱出してきて「ハイッ」と妻の手の上にのせた。ちょっと困った。
ペットボトルのお茶を買って飛行機に乗り込む。
そういえば外国にはお茶は売っていないのだ。「『おーいお茶』とかあったら変だものねえ」と言うと夫は「でもキリンビールの『一番搾り』は外国でも『イチバン』という名前で売っているよ」と教えてくれたので「おーいお茶」も案外あるかもしれない。名前は「ヘイ ティー」とかで。
などと言ってる間に午後10時10分。関西国際空港を離陸。座席は非常口横だったので窓際でありながら窓なし。つまらなし。

妻「機内食」初体験。前々から楽しみに楽しみにしていたのでじっとメニューカードを見て間抜けなくらいに真剣に考え抜いた末に「洋食」を選択。運ばれてきたのは「ボンゴレビアンコ」。喜んで食べてみるとあじはとてもおいしかったがかんじんのスパゲティの麺が絶望的にやわらかく、もう麺ですらなかった。「これは何デンテだ…」と言いながら摂取。
機内食が終わってしまうともうやることがなくなった。座席についているヘッドホンも壊れていてなにをどうやっても音がしない。ついてなし。次は「さんざ酔っ払って寝る作戦」を敢行。ビールやワインやカクテルを持ってきてもらったものの大失敗。まったく眠れずにせまいシートでまんじりと8時間。つらいつらい。
たぶんこういうのには「こつ」があるのだと思う。さっと食べてくっとのんでぽとりと寝られるなにか「こつ」が。でもまだそれがつかめない。

11日午前11時。ホノルル国際空港に到着。
日本との時差は19時間。11日の夜に出て、11日の午前に着くこの微妙な違和感。
ホノルル空港は思っていたよりもずっと古く、なんだか昭和!というかんじの建物。緊張の入国審査もべらべらの日本語で「カンコウデスカー?」と聞かれて身元確認のためにカメラでパシャーと顔写真を撮られて指紋をニューと押して終了。こんにちはハワイ。アロハオエ。

泊まるのはワイキキ・ビーチ前のホテル。
古いけれども広くて清潔。「オーシャンビュー」や「ダイヤモンドヘッド(なんかビーチの端にある山)側」などの部屋指定をしていなかったので海側の部屋ではないとは思っていたけれども、目の前はホテル群だった。右は山。夫とベランダに立って「これは何モンドヘッドだ」と言い合う。左手には海。青いったらない。
なにげなく見た夫の携帯電話に会社から着信履歴。時刻は昨日の夜、飛行機に乗る直前。青くなる。「トラブルだ今すぐ帰ってこい」とかだったらどうしよう。そのときは「わかりました今から急いで用事を済ませて5日後に帰ります」と言うのよ。と妙な説得を続ける妻の横で夫は国際電話。「はい…ええ。今ですか。いまハワイです…」と言っているのがおかしかった。とりあえず大丈夫なようだった。良かった。

ベッドで30分ほど気絶したのち、夫にたたき起こされてワイキキ・ビーチ散策。暑いのだけど涼しい風が常にさわやかに吹いていて本当にからりとした良い気候。日本人も多いものの外国のひともたくさん居て、すべてが旅行者。まさにリゾート。
波打ち際で足だけつけてキャッキャしていたら、よく冷えたかんじの「おーいお茶」のペットボトルを持っているひとを発見。びっくりして「ABCストア」というコンビニエンス・ストアに行くと「おーいお茶」はちゃんと売られていた。「ヘイ ティー」じゃなかった。値段は3ドル(1ドル=115円)。3ドル!夫がしみじみと「輸入品だもの」と言っていた。ほんとだ。妻たちはおとなしくハワイのミネラルウォーターとビールとオアフ島の地図を購入。とても安い。

「妻はハワイでロブスターを食べます」「何匹?」「6匹」と、出発前から勇ましく公言していたので夜はもちろんロブスター。
海老好きの妻は「ロブスター」に異常な憧れを抱いており、それはおそらく子どもの頃に見たテレビアニメの悪者の「おおかみ」がいつも首にナプキンをして赤いロブスターをぱくぱくと食べていたからに他ならない。やっと食べられるロブスター。外すわけにはいかない。
偶然見つけたシーフードレストランの店先にあるメニュー表を見て吟味していると中からお店のひとが出てきて「ジャパニーズ?」と尋ねてきた。「そう」と答えると店員さんは突然日本語で「エー日本ノドコ?」と聞いた。「神戸だ」と答えるや否や店員さんはずいぶんとハイなテンションで「ウッソ!マジデ?神戸のドコヨ」と言い、「マエ大阪ニ住ンデテン。神戸ハーバーランドハ庭ヤネン。コーヒーサービススルカラ 店ニ入ラヘン?」とべらべら関西弁でまくしたて、おかしな勧誘にすっかり圧されて入店。地域的ふれあい。ふれあい?

そして妻は憧れのロブスター(ふつうのあじだった)を食べ、ピナコラーダをのみ、きわめてハワイ的に過ごしてホテルに戻って現地のテレビCMを楽しく見ながら長い長い一日が終了。
12日
午前8時起床。ぼんやりした頭で夫がいれてくれたハワイの「コナ・コーヒー」をのみ、朝食を食べに出かける。
ホテルの近くにあったアメリカンなかんじのレストランで妻は「パンケーキ」を食べる。とてもおいしい。夫の頼んだ「ロコモコ」の中のハンバーグがこれまたおいしく、いったい昨日食べたロブスターとステーキはなんだったんだと悪口を言いながらむしゃむしゃ完食。それにしてものみものの量が多い。食べ物も多い。なんでもかんでも巨大。

島のあちこちを走る「トロリー」という窓の無いのんきなバスに揺られて少し行ったところにあるショッピングセンターへ。
ここで夫の物欲が爆発し、広いショッピングセンターをでくでく歩いて思うさま買い物を楽しむ。暑いのだけど涼しい風が常にさわやかに吹いていて本当にからりとした良い気候。2回目。何度でも同じ事を思う。
おみやげも買わねば。
旅に出る前日に夫の実家に「おみやげなにが良いですか」と電話して聞いたところ、夫の父さまは「体温計」と即答。「ううーん」とか「そうだなあ」とかそういう考える間もなく瞬時に「たいおんけい」と言ったので、よっぽど欲しかったのだと思う。絶対に買って帰らねば。体温計。体温計はどこだ。
果たして「体温計」はちゃんとドラッグストアにあった。なるほどアメリカの体温計は摂氏(℃)ではなく華氏(F)なのだった。父さまさすがだ。
フードコートで肉々しい昼ごはんを食べて震えるほど甘いアイスティーをのんだあと、ふたたび「トロリー」に乗ってワイキキへ。
午後4時から開店するというあやしげなアンティーク・ショップに向かう。
アメリカの古くて素敵なマグカップなどを安価で手に入れるつもりで勇んで行ったものの、コレクターでもないのにおんぼろカップに100ドルも出せず、夢砕かれてしょんぼりと小さなデザートカップ(11ドル)を購入してアンティーク・ショップをあとにする。
ハワイ。
突然夫が「せっかくなのでぼくは海で泳ぐよ」と言い出した。そんな。もう夕方の6時なのに。しかし夫は「いいんだ泳ぐんだ」と言って「ABCストア」でビーチサンダルだけ買い、水着もないのに7分丈の普通のバミューダパンツでざぶざぶと海に入っていった。妻は見学。

さすがに少し冷たいらしく夫は「ヒィ」とか「フゥ」とか小さい声で言いながらどんどん沖の防波堤のところまで歩く。たまにこちらを見て妻に手を振る。どちらかというと「泳いでいる」というよりは「入浴」といったかんじ。
夫の胸あたりまでの浅瀬が続いていたようだけれども、防波堤の直前で急に深くなっていたためにちょっとおぼれかけていた。海水をのんですぐ帰ってきて海水浴おしまい。
おみやげに夫は海の底にあったさんごらしき小さな白い石を妻にくれた。

晩ごはんは異国のファーストフードを体験するべく「マクドナルド」を選択。
夫はハンバーガーのセットを選び、妻はシーザーサラダとハンバーガー。しかし「セットで無いハンバーガーをひとつ」という英語が出てこず、レジの前で言いよどんでいると店員さんは妻の顔を見ながら「タンピン?」と言ったのでびっくりした。そう。単品単品。
ホテルに持って帰っていただきます。ハンバーガーは日本とさほど変わりはないけれど、やはり野菜の使い方が大胆というか、たくさん入っていてそれがおいしい。シーザーサラダなんかはとにかく巨大で上には揚げた鶏なんかものっていた。サラダだけでもおなかいっぱい。日本にもあると良いのになあ。
夫のセットにはカットされた生のパイナップルが別についていた。素敵だ。
ごはんを食べながらテレビを見る。地元のニュースでは「オアフ島にお住まいのなんとかさん宅のポストが何者かによって壊された」というニュースをやっている。テレビ画面には壊れたポストと「こんなことされると困るんだよね実際」とでも言いたげな「なんとかさん」の顔。これが本日のトップニュース?
明日は早起きなのでもう眠る。夫は熱心に地図を見ている。

13日。
夫にとって最大のイベント。レンタカー。
朝7時にカウンターに行くとすでに赤いオープンなカーがでーんと用意されていた。やっぱりか。こんな。こんなぼやんとした地味な夫婦が浮かれたかんじで真っ赤なオープンカーなんて乗ってどうする。おかしな目立ち方をして車上荒らしにでも遭ったらどうする。妻は止めたのだ。しかし夫は「ハワイでオープンカーに乗るのが夢だったんだよ」と言って聞いてない。たしか2年ほど前に北海道でオープンカーを借りた時も同じ事を言っていた(その時は雨が降ってとても寒かった)。

かくしてこのぼやんとした地味な夫婦は、ばかでっかい車の「ほろ」を開けてぶーんと出発。空は抜けるように青く、風はさわやかに、車線は右側で、車は左ハンドルなのだった。妻は助手席で地図を見ながらもうおかしな汗をかいている。前の車が車線変更してきただけで「ギーヤー」と叫ぶ。夫が「今日の妻の『ギャー』はいつもの4割増しくらいだね」と言うくらいの絶叫ぶり。
行き先は「カム・スワップミート」という毎週水曜日と土曜日に行われているフリーマーケット。このスワップミートは地元色がたいへん強く、野菜や果物や魚やがらくたが広い駐車場にずらりと並んでいる。

「10枚20ドル」という破格のTシャツ屋さんなどを見ながらぶらぶら歩いていると、「家からてきとうになんか持ってきて売ってるよ」というかんじのおじさんのブースで古くて素敵なパイレックスのボウルを発見。お値段なんと4ドル。昨日見たアンティーク・ショップでは50ドル以上したものが4ドル。4ドル。一も二もなく飛びついてボウルをふたつとガラスのバターケースを購入。これだけで12ドル。「トランクに入らないのではないか」などまるで考えずにその重くてでかい食器をぶらさげて大満足でスワップミート終了。
それから「赤い車と夫」の写真を夫の望むがままに30枚くらい撮りまくったり、アウトレット・モールで物欲を大爆発させたりした。特にアメリカのブランド「コーチ」のアウトレットが存外安い。妻はここのアウトレット・モールでブーツと靴とかばんなどの日本に持って帰るのが実にたいへんそうなものばかり購入し、またギーヤーと叫びながら高速道路に乗ってワイキキに戻る。

ワイキキは一方通行の道がとても多く、わりと素直に目的地に辿り着くことができない。ナビゲーションである妻が一生懸命読めない地図を見、「この先を右です」と言ったところで交通量が多く曲がれない。仕方なく直進したとたんにもうわけがわからなくなり、地図を放り投げて「もうだめだ」と突っ伏すてんで役に立たないナビゲーションぶりを発揮。運転していた夫はさぞかしつらかったろうと思う。どうにかこうにか到着してレンタカーを返却。最初から夫にまかせておけばよかった。ちっとも使えなかった妻、平謝り。

明日はもう帰る。
最後の晩ごはんは豪勢にいくぞ。と意気込んで泊まっているホテルのシーフードレストランでロブスター。あきらめきれないロブスター。
ワインのコルクをポンと抜いてくれた給仕さんに「ハネムーンか?」とにっこり聞かれ、「いいえ我々は結婚して5年目の仲良し夫婦です」と言おうと思うもやっぱりさっぱり英語が出てこないので妻もにっこり笑って「そうだハネムーンだ」と答える。すると給仕さんはパンを持ってきたべつの給仕さんに「彼らは新婚さんだよ」とかなんとか言い、その給仕さんからも「それはそれはおめでとう」とか言われ、とくにめでたいことはないのに祝いの言葉をかけられてしまってじつに悪いことをした。

ここで食べたロブスターとステーキは夢のようにおいしかった。これだ。妻は食べたかったロブスターはこれだ。6匹くらい食べたい。

部屋に戻って帰るしたく。問題は本日買った大きなボウルふたつと、妻のブーツとかばん。妻がぼうぜんとベッドに座り込んでいるうちに夫はてきぱきと食器を衣類でくるみ、トランクが投げられても壊れないように工夫してどんどん詰め込んで見事にすべての荷物を持ってきた中型トランクの中に収めた。すごかった。妻は心から感心。夫の得意げな「ぼくはパッキングが得意なんだよ。…『パッKING』なんだよ」と、2回言ったうえにどうしようもなくくだらない駄洒落にも妻はぱちぱちぱちと拍手。
14日。
今日も今日とて青い空と海と、白い雲と波のワイキキビーチを最後にじっくりと眺める。きっとここは妻たちが帰っても毎日毎日青くて白くてバカンスにやってきた旅行者でいっぱいなのだろう。

ホテルの前に突っ立ってお迎えを待っていると、なんとリムジンがやってきた。長い。意味もなく長い。
中に入るとすべてが革張りで、クリスタルガラスでできたグラスとピンク色の造花が並べられていた。これまた昭和!というかんじ。さよならアロハ。
帰りの飛行機の座席は真ん中のど真ん中で、夫と妻の両端にひとが居て身動きがとれず、まったくもって窮屈。せっかく明るいお昼なのに外も見えない。
「機内食」はチキンの甘酢のなんとかで、あじはどうにもこうにもといった風情だったけれども妻にとっては「機内食」というのはもうそれだけでイベントなので楽しくいただく。
前の大きなテレビではよくわからない「ハートフルでありながらもアクション」な映画をやっている。つまらないので「とことん寝るぞ」と意気込み、ビールをのんでぱたりと寝たが、目が覚めたらまだまだその映画は中盤だったので絶望的な気持ちに。

妻の隣に座っていた若い女性は、飛行機が離陸する前からずっと寝ていて、「機内食」だけもぐもぐと食べてまた寝、機内でおこなわれた「お楽しみビンゴ・ゲーム」の時にまた起きてゲームに参加し(もちろん外れた)、終わるとまたぐっすりと寝ていた。あれだけ眠ったら日本なんてあっという間に着くだろう。妻はうらやましい。「こつ」を教えてはくれませんか。
14日の昼に乗った飛行機は、また8時間かけて日付変更線を越え、15日の夕方に関西国際空港に着く。
飛行機から降りて最初に発した言葉は「暑い」だった。だって35度もあったのだ。ああ。これだ。これは妻の苦手な日本の夏だ。
ハワイの巨大なのみものにすっかり慣れた夫と妻は、立ち寄ったコーヒー・ショップで「なんかこのアイスコーヒーちっちゃいね」と言いながら、ふたりしてまんまるに太って帰ってきて旅おわり。