正しくない

ここのところ夫タカマルが遅い夏の休暇をとっているため、これ幸いとばかりに夫婦ふたりで自堕落し放題。眠たい時に眠っておなかがすいたら食べるという、まったく時計を見ない野蛮極まりない夜更かし生活を送っていたおかげで生活サイクルはどんどんずれ込み最終的には昼夜逆転どころか半ばをちょっと過ぎ、「11時就寝午前5時起床」という健康なんだか不健康なんだかの日常に。
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ここのところ夫タカマルが遅い夏の休暇をとっているため、これ幸いとばかりに夫婦ふたりで自堕落し放題。眠たい時に眠っておなかがすいたら食べるという、まったく時計を見ない野蛮極まりない夜更かし生活を送っていたおかげで生活サイクルはどんどんずれ込み最終的には昼夜逆転どころか半ばをちょっと過ぎ、「11時就寝午前5時起床」という健康なんだか不健康なんだかの日常に。
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洗濯機からがろがろがろと音がするので中の洗濯物を全部出してから底を覗き込むとそこにはにぶく光る100円玉。察するになんでもかんでもポケットに入れたがる習性を持つ夫のジーンズから出てきたものに違いなく。妻は衣類のポケットの最終点検もせずに洗濯機をぐるぐる回したじぶんを棚に上げ、ぶんぶんに怒って拾った100円玉片手に居間にとって返し、パソコンで遊んでいる夫に「洗濯機が壊れては困ります!」と言って鬼の首とったみたいに硬貨を高々と掲げた。すると夫は100円玉と妻の顔を交互に見てから「ああ…」と言い、「それはね、お洗濯のね、お駄賃」とにっこり笑った。
それがまるで「良かったね!」と言わんばかりのおももちだったため、妻もうっかり「そうか」と納得しかけた。
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夫はざくざくと切ったレタスが大好きなのだけれども、本日晩ごはん時に出したレタスは苦かった。苦すぎた。「なぜだろう」「なぜかしら」と首を傾げながらもしばらく我慢して食べていたがあまりの苦さに不安になった夫が「調べます」と呟いて食卓に居ながらにして文庫本サイズのパソコンを取り出し検索。うーん。未来。それによるとレタスの茎には「ラクチュコピクリン」という苦味の成分が含まれているとのことだった。そうか。ピクリンか。なんかかわいかった。特に新鮮だったり大きくなりすぎたレタスが苦いそうだ。なるほど。味の差。それならばと安心してなおも苦いレタスを食む妻の前で夫は得意げに「ちなみにレタスだけのサラダは『ハネムーンサラダ』といいます」と言った。なぜかしら。新妻はお料理が苦手だからかしら。などと思っていたら「lettuce only(レタスだけ)」と「let us only(ふたりきりにして)」という発音が同じだからということだった。うーん。アメリカン。
勉強になった。レタスもたまには苦いと良い。
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神戸の北のほうに文句なしにおいしいうどん屋さんがあるので夫とふたり、高速道路を使ってまでも食べに行く。
決してにぎやかとは言えない場所にあるそのうどん屋さんはそれでも大繁盛。お店の外の椅子に腰掛けてぼんやり田んぼを眺めながら順番待ち。
この日の夫は朝からパンを少しかじっただけなのでべらぼうにおなかがすいており、順番を待っている間においしいうどんへの期待と食欲をどんどんとふくらまして「もう『大盛り』なんてもんじゃ足りないよ!」とか言い出し結局勢い良く「大盛り3人前」を注文。はじめこそふたりでぐるぐる回しながら3種類のおいしいうどんを楽しんでいたが最終的には夫がふたつのどんぶりを抱えるようにして持ち、「くいしんぼう万歳!」みたいな風情でうどんを吸い込んでいったため案の定胃腸がびっくりして帰ってからおなかをこわした。
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ベランダに「せみ」がいる。
毎年毎年。鳴き声を聞いているメスは妻しかいないようなマンションの高層階にわざわざ飛んでくるのはなぜなのか。おっかなくていつまでもベランダに出られない妻は速やかに夫に依頼。夫は「よしきた」とたのもしくベランダに出てちょっとドキドキしながら「せみ」をむんずとつかまえ、渾身の力で大遠投。「せみ」は「ぎょー」と言いながら慌てて空へ飛んでいった。さようなら。良い人生を。ひと安心の妻はいそいそと洗濯物を取り込み、入道雲なんかを眺めながら夫と「夏だねえ」なんて言い合ってのんきさを取り戻したのもつかの間。今度は冷たい風と共に雷さんがやってきて、絵に描いたようなびかびかした光でもって盛大に海を照らしたのだった。
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おなかがすいた夜。
しかしもう午前も3時なので我慢しておとなしく眠る。静かな心で横になっていると妻のおなかがわりと大きな音で突然「ごるごん」と鳴った。チーズ。慌てておなかを押さえるも妻のおなかは妻の意思とは無関係なところで「ごるごん」「ごーるごん」と喋り続け、しまいには妻の隣でぐっすり眠りこけている夫のおなかまでも「御意(ぎょい)」と返事をしだして寝室はたいへんにぎやかに。
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ゴンゾウさん(写真のへんなパンダ)が家にやってきてからというもの、どんどんと増え続けるミニチュアの食玩。
どうして普段のサイズより小さいというだけで、こうも胸躍るのか。そういえば昔からシャープペンシルの芯のおまけについてきた「おむすび消しごむ」(中にうめぼしの形の消しごむがはいっている)(消しごむといえども字は一文字も消えない)が意味もなく好きだった。これはもう性分なのだ。
ゴンゾウさんにはやや小さい、掃除機でかりっと吸ったらいっかんの終わりみたいなミニチュアを眺めて楽しんでいるうちに、妻はこれを飾れるような小さな家が欲しくなったのだった。「鼻さん」が住めるぐらいの、小粋な和室が良い。庭があればなお素敵だ。

そこで調べに調べた結果、数年前に入浴剤のおまけとして売られていたという一軒家を見つけてオークションで購入。各部屋がばらばらに入っていて、つなげると立派な家になるしくみ。しかも家具までついていた。こうなるとすでに入浴剤がおまけだ。

極めてサザエさん的な部屋にはこたつとみかん。たんすの上にだるま。台所にはふきん掛け。流しの下にはうめぼしのかめ。窓なんかもちゃんとあって、妻は虫さえ出なかったらこんな家に住みたい。

お風呂とトイレも昭和なおもむき。
小学校の時にサンタクロースにもらった「シルバニアファミリー」よりもべらぼうにわびしい風情。おまけにお風呂ではきれいなおねえさんが入浴中。もちろん取り出してしみじみ眺めてから新住人の鼻さんをどーんと投入。

がっ。

小さすぎた。
あんなに調べたのに。悲しみに暮れながらただのオブジェと化した一戸建てをそっと戸棚にしまう。
しかしよくよく考えてみるとこれでは妻の持っているミニチュアを置くことが出来ない。かといって「週間ドールハウス創刊号は280えん」などの家は気が長い上に緻密すぎてきっと妻には作れない。そこでお得意の100円ショップに出かけて具合の良さそうなものを探し、考え考え簡易ハウスを作ることに。

木目の模様の発泡スチロールのような板(100円)を長さも測らずにカッターで切り、ガムテープで固定。壁紙として和紙の粘着シート(100円)を貼って適当極まりない部屋をこしらえた。入り口や長押(なげし)のつもりの木っ端なんかはつくね用の竹串(100円)にニス(100円)を塗って貼り付けただけだ。不器用な妻は「のこぎり」を扱えないのでぶあつい竹串は根性ではさみで切った。指がもげるかと思った。もう二度とやらない。

外側の、ガムテープちぎりっぱなしの見栄えをどうにかするべくぺらぺらの板(100円)をはさみでちょきちょきと切ってニスを塗り、貼り付けると見事なバラック小屋に。発泡スチロールむき出しよりははるかにましだけれども、さっきの一戸建てに比べるとどうやっても「夏休みの工作」感が否めない。

そういえば昔「発泡スチロール」の事を「発泡すチロール」だとずっと思っていた。「欲す」や「伏す」のようなサ行変格活用的なものだと信じて疑わなかったのだった。ばかだった。「スチロール」の意味もいまだわからないけれども、「チロール」だなんていよいよもってわからない。
ちなみに妻の兄もつい最近まで「プラスチック」のことを「プラッチック」だと思い込んでいた。友人と話している時に「プラッチック」「プラッチック」と言っていたら「なんでそんなに巻き舌で言うの?」と言われて初めて気付いたそうだった。きょうだい揃ってばかだった。

興に乗って切っただけの「のれん」に使い道のない「おでん」のはんこをポンと押して、とうとう鼻さんの家は出来た。どうせ何かを作るのならお菓子でも焼けば素敵っぽい奥さんになれるのに、妻が手を出すのはどうしてこんなに実生活に関係ないものばかりなのか。

引越し開始。
残りの板をくっつけて作ったいごいごに歪んだ棚にピンセットで慎重にものを配置してから最後に鼻さんを置いてためつすがめつ眺めてご満悦。

なぜだか出したい生活感。
炊飯器の横のふせた茶碗と「しょうゆさし」が特に良い。自画自賛しつつ仕事から帰ってきた夫にさっそく見せると夫はソファの前の小さなテーブルに乗せていたこの鼻さんハウスに「すごーい!」と言いながら駆け寄って、勢いあまってテーブルの脚をぼがーんと蹴ってあわれハウスの中の家具はミニチュアもろともバキャーンとほうぼうに飛び散った。
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野球のチケットをもらった。なんでも試合の途中でどーんと花火が上がるとか。かき氷もあるとか。野球のなんたるかも知らない妻だけれど、夕涼みがてら夫と野球場デートなんて素敵だ。シャワーを浴びてから意気揚々とお出かけ。
しかし玄関を出て2分でさっそく大問題。夫の愛車のバッテリーが上がっている。なぜだ。よく見ると車内灯のスイッチが入ったままだった。誰だ。オレがオマエがという押し問答すら忘れ車の前でふたりして立ち尽くし。しばらくぼうぜんとしたのち、動かない車を立体駐車場から汗だくで押し出してロードサービスにお電話。石ころなんかを蹴ってしんみり待つ。果たして30分後にロードサービスのお兄さんは大きな牽引車に乗って笑顔でやってきて、速やかにエンジンをかけてくれた。救世主。本当にありがとう。満面の笑みでお礼を言う夫と妻に、お兄さんは「バッテリーを充電しないとまた止まりますから、今から2時間ぐらい車に乗って走り続けてください」とわりとひどいことを爽やかに言い放ってじゃーねーと帰って行った。野球観戦あっさり中止。かくして我々は、エンストしたら終わりの爆弾みたいな車に乗ってどこにも行きたくもないのに西へ西へと高速道路をひた走る羽目に。まったく夕涼みどころじゃなかった。
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恒例の四国。愛媛県でひとり暮らす祖母の様子を母と見に行く旅路。
途中休憩に寄った高速道路のサービスエリアにはお子さんがいっぱい。そういえば夏休みだったのだった。妻のまわりには残念ながら夏休みがある立場のひとが居ないので、どうしてもその存在を忘れがち。

夕方、祖母の家の近くの踏切でまさかの電車通過。踏切がしまっているなんて、免許を取って祖母の家に通うようになって以来始めて。そんな。線路一本しかないのに。まじゅさんから教わった「住所パワー」で前代未聞の109ポイントを叩き出した祖母の家の近所なのに。嬉しくなって車内からカメラを構えて待つ。電車は通勤ラッシュの時間なので2両もあった。普段は1両で身軽なかんじ。

祖母は元気だった。相変わらず古くてぼろい祖母の家は「家の中」といえども「果てしなく野外っぽい中」なのでこの時期むしむし大行進。虫がおっかない妻は夏にこの家に来るのが少し辛い。しかも苦手なひとに限ってよせばいいのに注意深く部屋の中を見回すもんだから真っ先に見つけたりするのだ。案の定台所のふたの開いた「はちみつ」のびんの中に無数の「あり」がぶくぶくと沈んでいる「どこかの民族のお祝いの席でのむ酒」みたいな物体は妻が見つけて卒倒。
勇敢な母が「はちみつ」を取りあえず外に出すべく勝手口を開けようとするも、がちゃーんと閉。中の鍵は外したのになぜ開かない。ばあちゃん。勝手口開かないよ。と言うと祖母は「外からも鍵をつけてみたんじゃ」と言った。何故つけてみるんだ。その意味はなんだ。
仕方ないので妻は「遠い目をして部屋のどこにも焦点を合わせない」というばかみたいな方法でもってこの数日間を乗り切ることにした。

翌日「明浜」までドライブ。
延々続くみかん畑の中をくねくねと進んで塩風呂につかり、お昼は魚のすり身をだしと白味噌で溶いた郷土料理「さつま定食」を食べる。お刺身が大きくて新鮮でとてもおいしい。

真珠を養殖している海を見ながら細い山道を登っていくと眼前開けて見事なリアス式海岸。なんて素敵。車を停めて記念撮影。祖母も「まっこときれいじゃのう」と満足げ。しかしドライブ好きの祖母は目的地がどこであれ、なんなら車に乗り込んだ瞬間からもう「まっことええ所連れて行ってもろたのう」とか言って満足するので油断ならない。

夜は庭で持参した花火などをして楽しむ。
祖母の猫は、一度外から帰ってきて妻を見るや否や「おっ」という顔をしてまた出て行き、とうとう妻が帰るまで戻ってこなかった。愛しているのに。とんだ嫌われぶりだ。

翌日はもう帰る。その前にまたドライブ。海の近くの祖母のお気に入りのお寺さんに行って鐘をどーんとつく。日の影が一番濃くなるお昼前。暑い。そこで祖母と母と妻は海に行くことにしたのだった。

浜辺で海水に足でもつけたら涼しかろうと思っていただけなのに祖母ときたら「水着がないぜ」と言う。そういえば祖母は数年前町内会のなんとかの旅行でハワイに行き、海の青さに感動。水着もないのに服を脱ぎ、老人特有の薄桃色の長袖下着の上下になって波打ち際で遊んでいるところを陽気な外国人のおじさんに見つかって頭を撫でくり回されて一緒に記念写真を撮るという非常におかしなことをしているので妻は肝が冷える。写真の中の外国のひとと祖母はすごい笑顔。外国のひとアロハシャツ。祖母肌着。見渡す限り海。
もちろん四国の海でそんなことはしないので祖母はおとなしく靴を脱ぎ、波で足を洗われて「ヤッホイ!」と言って楽しんだにとどめて四国おわり。
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